白血病、チロシンキナーゼ阻害薬に対する耐性化の克服が課題
山梨大学は9月14日、ヒトのがんで最初に同定された染色体異常であるフィラデルフィア染色体を、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を用いてヒト白血病細胞で人工的に生成することに世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同大医学部小児科学講座の玉井望雅臨床助教、犬飼岳史教授、北海道大学病院検査輸血部の藤澤真一臨床検査副技師長、豊嶋崇徳部長、ワシントン大学医学部発生生物学部門の神元健児研究員、腎臓内科の大町紘平研究員、広島大学原爆放射線医科学研究所の仲一仁准教授、国立成育医療研究センターゲノム医療研究部の要匡部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Gene Therapy」に掲載されている。
白血病をはじめとする種々のがんにおいて、転座と呼ばれる染色体異常がしばしばみられる。染色体転座とは、偶然に途中で切断された別々の染色体部位が入れ替わって再結合することで生じた、異常な染色体を指し、その結果、別々の遺伝子同士が途中で再結合した融合遺伝子が生じる場合がある。融合遺伝子から転写翻訳された融合タンパク質は、がん細胞の生存と増殖を促進することでがんの発症に関与することがある。染色体転座の研究の歴史は今から約60年前に遡り、1960年に慢性骨髄性白血病(CML)患者の白血病細胞において、正常細胞では認められない微小染色体が発見され、この微小染色体は研究所のあった場所にちなんでフィラデルフィア染色体と呼ばれるようになった。
フィラデルフィア染色体は、がん細胞で確認された最初の異常な染色体であり、1973年に、9番染色体と22番染色体の転座であることが突き止められ、後に、9番染色体に位置するABL1遺伝子と22番染色体に位置するBCR遺伝子から、転座によって融合遺伝子BCR::ABL1が生じることがわかった。
フィラデルフィア染色体はCMLのみならず一部の急性リンパ性白血病(ALL)患者の白血病細胞においても認められる。BCR::ABL1から転写翻訳される融合タンパク質BCR::ABL1は、白血病細胞の生存と増殖を持続的に促進することで、白血病の発症に寄与している。その後、BCR::ABL1の活性を阻害する薬剤(チロシンキナーゼ阻害薬)の開発によって、CMLおよびフィラデルフィア染色体陽性ALLの治療成績は大きく改善したが、チロシンキナーゼ阻害薬に対する耐性化の克服などの新たな研究課題が生じている。
融合遺伝子BCR::ABL1陽性白血病の病態解明は、cDNAの解析では不十分な可能性
遺伝子にはエクソンとイントロンと呼ばれる領域があり、遺伝子からmRNAが転写される際にイントロンは切断され、エクソンが翻訳されてアミノ酸すなわちタンパク質となる。これまでBCR::ABL1のエクソン領域のcomplementary DNA(cDNA)を細胞に強制発現させることで、融合タンパク質BCR::ABL1の機能解析がなされ、イマチニブなどのチロシンキナーゼ阻害薬が開発されてきたが、BCR::ABL1陽性白血病の病態解明においてはまだ不明な点がある。これは実際のCML患者でみられるBCR::ABL1をいくつかの点において正確に再現できていないためである可能性がある。
まず、3’末端非翻訳領域(3’-untranslated region:3’-UTR)の関与が挙げられる。3’-UTRはタンパク質へ翻訳されない遺伝子の末端領域であり、3’-UTRにはmicroRNAが結合することで、遺伝子発現が調節される仕組みがある。BCR::ABL1 cDNAは3’-UTRが欠損しているため、microRNAによる遺伝子発現調節を受けることができない。
次に、イントロンの関与が挙げられる。実際のBCR::ABL1ではいくつかのスプライス変異が存在し、BCR::ABL1陽性白血病の病態に関係することが知られている。BCR::ABL1 cDNAによってもたらされる産物は1種類のBCR::ABL1に限定されるためスプライス変異が生じることはない。さらに、均衡転座としてABL1::BCRが存在することが知られており、このABL1::BCRががん幹細胞の増殖と複製に関与している可能性が報告されている。当然BCR::ABL1 cDNAはBCR::ABL1のみをコードしており、ABL1::BCRがコードされることはない。
これらの点を克服するために、研究グループは外来遺伝子としてcDNAを導入する方法に代え、内在する本来のABL1遺伝子とBCR遺伝子からBCR::ABL1を人工的に生み出すことができないかどうかを検討した。
CRISPR/Cas9を利用し、人工的なフィラデルフィア染色体の生成に成功
フィラデルフィア染色体は、9番染色体上のABL1遺伝子と22番染色体上のBCR遺伝子が同時に切断されることで形成されると想定されていたが、その過程を直接に検証した研究はなかった。今回研究グループは、CRISPR/Cas9に注目し、ABL1遺伝子とBCR遺伝子の両遺伝子においてCRISPR/Cas9を作用させ、両遺伝子が切断された後、DNAが修復される際にBCR::ABL1が生成されるだろうと考え、人工的なフィラデルフィア染色体の生成を試みた。
BCR::ABL1にはBCR遺伝子のエクソン13〜15以前またはエクソン2以前と、ABL1遺伝子のエクソン2以降が転座することで生じるp210 BCR::ABL1とp190 BCR::ABL1がある。研究グループは、ヒトの細胞においてp210 BCR::ABL1を生成することを目的として、BCR遺伝子のイントロン13とABL1遺伝子のイントロン1に対してCRISPR/Cas9を作用させる計画を立て、フィラデルフィア染色体を獲得した細胞が、自律的に増殖できるようになることを利用した。実験室で用いられる細胞株は培養容器の中で一定の性質を維持しながら安定的に増殖できる状態になった細胞であり、多くの細胞株はBCR::ABL1の導入の有無によらず増殖してしまうため、BCR::ABL1の導入に成功した細胞だけを選択して取ってくることができない。
そこで造血因子GM-CSF依存性に増殖するTF-1という白血病細胞株に着目した。TF-1においてBCR遺伝子のイントロン13とABL1遺伝子のイントロン1に対してCRISPR/Cas9を作用させ、その後GM-CSF無添加の条件で細胞を培養した。親株のTF-1はGM-CSF無添加の条件では増殖することができないが、CRISPR/Cas9を作用させた細胞からはGM-CSF非依存性に増殖する細胞が現れてきた。
得られた亜株において、CRISPR/Cas9を作用させたBCR遺伝子とABL1遺伝子の切断点の塩基配列を確認したところ、BCR::ABL1およびABL1::BCRが形成されていることがわかった。
フィラデルフィア染色体が形成された亜株、親株にはみられないTKI感受性も
また、Western Blot法により亜株においてp210 BCR::ABL1が発現していることを確認した。さらに、FISH法により亜株においてBCR::ABL1の単一シグナルを有する細胞のみならず、均衡転座であるABL1::BCRが同時に形成されている細胞集団も存在していることがわかった。同様にして、BCR遺伝子のイントロン1とABL1遺伝子のイントロン1に対してCRISPR/Cas9を作用させたTF-1からはp190 BCR::ABL1を獲得した亜株を樹立することができた。
これらの亜株は親株にはみられないチロシンキナーゼ阻害薬(イマチニブ・ニロチニブ・ダサチニブ・ポナチニブ)に対する感受性も示した。この研究成果は、実際にフィラデルフィア染色体が、9番染色体上のABL1遺伝子と22番染色体上のBCR遺伝子が同時に切断されことがきっかけで形成されることを裏付けるものであるという。
これまで半世紀以上かけて数多くの研究者によってBCR::ABL1陽性白血病の病態は解明され、治療法が開発されてきた。今回、研究グループは、フィラデルフィア染色体の発見から60年あまりの時を経て、ゲノム編集技術を応用することで、世界で初めてヒトの細胞において人工的にフィラデルフィア染色体を生成することに成功した。BCR::ABL1 cDNAの持つウィークポイントを克服し、CRISPR/Cas9の力を借りてBCR::ABL1陽性白血病研究の新たなステージを切り開いた。樹立されたp210およびp190 BCR::ABL1亜株はBCR::ABL1陽性白血病のさらなる詳細な研究における有用なリソースとなる可能性があるという。「造血幹細胞において本手法を用いることで、これまで再現することが困難であったBCR::ABL1陽性CMLの発症モデルが樹立できる可能性がある」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)