安価で在宅や介護予防教室等でも利用できる認知症検出ツールの開発
筑波大学は6月22日、タブレット端末で文字や図形を描画するタスクを複数行うことで認知機能障害の診断を支援できるツールを開発したことを発表した。この研究は、同大医学医療系の新井哲明教授とIBM Researchの共同研究によるもの。研究成果は、「Journal of Alzheimerʼs Disease」に掲載されている。
世界的に高齢化が進む中、認知症対策は喫緊の課題だ。日本の認知症患者数は、2012年時点で462万人と推計され、2025年には700万人を超えると予想されている。認知症の中で最も多いのはアルツハイマー型認知症(DAT)で、認知症全体の過半数を占める。DATの予防および治療は、軽度認知障害(MCI)を含む早期段階から開始することが重要であるといわれている。しかし、認知症の診断率は国際的にも低く、患者の4人に3人が診断を受けておらず、適切な治療も受けていないと推定されている。特にコロナ禍においては、専門機関の受診が妨げられ、問題が深刻化している。
MCIを含む早期段階でDATを診断する方法は確立していない。また、現在、実施可能で比較的信頼度が高いとされている検査法は、高価であるか身体的侵襲性が高く、一般の医療機関で行うことは困難だ。こうした背景から、在宅や介護予防教室等でも安価で簡便に利用でき、MCIやDATを検出できるツールが求められている。
タブレット端末への描画速度や筆圧、ペンの姿勢などの特徴をAIで定量化
今回研究グループは、タブレット端末を用いて、文字や図形を描画する簡便なタスクを複数実施することにより認知機能障害の診断を支援できるツールを開発した。描画中の動作について、描画速度や静止時間、筆圧やペンの姿勢、等の特徴を、AI技術を活用して詳細に定量化し組み合わせることで、MCIとDATを検出するツールである。
5つのデータを組み合わせた解析により、MCI83%、DAT97%の精度で検出
開発にあたり、まず、MCI例65人、DAT患者27人、認知機能の観点で健常な高齢者52人の3つのグループから、それぞれ、文章を書く、図形を模写する、といった5つのタスク中の描画データを収集し、解析を行った。その結果、描画速度の滑らかさの低下、静止時間の増大、筆圧のばらつきの増大といった、複数の描画動作について、健常群と比べて顕著な変化が、MCI、DATの順で段階的に観察された。
さらに、AI技術を用いて、これらの描画データから3つのグループを識別するモデルを構築し、その精度を検証したところ、5つのタスクのデータを組み合わせて解析することで、単一のタスクより7.8%の精度向上を達成し、MCIを83%、DATを97%の精度で検出できることを示した(3グループの分類精度は75%)。
タスクの組み合わせによる精度向上の理由として、各タスク中の描画動作がそれぞれ異なる認知機能の側面を捉えており、それらを組み合わせることで、認知症に関わる認知機能を相補的・包括的に検出できている可能性が示唆された。
パーキンソン病をはじめとする他の神経疾患にも適用可能
研究結果は、在宅や介護予防教室などのさまざまな環境において、DATの早期発見を安価で簡便に支援できる可能性を示している。特に、描画動作という単一の動作の中でタスクを組み合わせることで、記憶や注意、実行機能などの複数の認知機能を捉え、それにより軽度認知障害とDATの検出精度を向上できることを示したのは、同研究が世界で初めてという。
「このようなツールは、DATだけでなく他の認知症性疾患や、さらにはパーキンソン病をはじめとする他の神経疾患にも適用可能で、疾患の早期検出だけではなく、進行度の推定や介入効果の定量化などにも役立つと考えられる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)