がん起源と考えられる体細胞モザイク、発がんリスク予測バイオマーカーへの応用は未実現

京都大学は5月2日、頬粘膜から非侵襲的に採取した試料を用い、最新の遺伝子解析技術によって遺伝子変異を高精度に検出することに成功、頬粘膜の遺伝子変異の蓄積には食道がんのリスク因子が影響することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院腫瘍内科の横山顕礼講師、白眉センター/医学研究科の垣内伸之特定准教授、神戸朝日病院の金秀基院長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Translational Medicine」にオンライン掲載されている。

画像: 画像はリリースより

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がんは、ヒトの約40兆個の細胞の中の1つが起源となり、異常な細胞分裂を繰り返し際限なく増殖することで発症する。こうした1つの細胞に由来する細胞集団のことを「クローン」と呼び、その増殖を「クローン拡大」と言う。細胞の増殖に有利に働くゲノムの異常は「ドライバー変異」と呼ばれ、次世代シーケンサーを用いた近年の大規模な解析によって多くのドライバー変異が同定された。さらに、がんの起源を解明する研究の一環として正常組織のゲノム解析研究が行われ、ヒトの組織は「一見正常」であっても、加齢や環境因子への曝露に伴ってドライバー変異を獲得した細胞がクローン拡大していることが明らかとなり、このことは「」と呼ばれ世界的に注目を集める研究領域となっている。

正常組織においてクローン拡大している細胞は、がんで頻繁に観察されるドライバー変異を獲得していることから、これらの細胞はがんの起源と考えられている。血液における体細胞モザイクは「クローン性造血」と呼ばれ、健康な高齢者の約10~20%が有しているが、クローン性造血を有さない高齢者と比較すると白血病を発症するリスクが12.9倍も高くなっていることが明らかとなっている。このように体細胞モザイクはその臓器のがんの発症リスクを反映すると考えられるが、固形臓器は血液と異なり組織採取そのものが侵襲的であり、またクローンのサイズが小さく解析が困難であることから、発がんリスクを反映するバイオマーカーとしての応用はこれまで実現されてこなかった。

加齢・飲酒・喫煙でドライバー変異が蓄積する食道、フィールドがん化で咽頭・口腔にもがん好発

食道扁平上皮がんは加齢や、飲酒や喫煙といった環境因子に加えて、アルコール代謝遺伝子であるADH1BやALDH2の遺伝子多型がリスク因子として知られており、リスク多型を有する人口比率が高い、日本を含む東アジアに多いがんである。研究グループはこれまでの研究で、食道ではたとえ正常な細胞であっても、加齢や飲酒・喫煙などのリスク因子への曝露により、がんのドライバー変異が蓄積することを明らかにしてきた。食道がん患者はしばしば、食道と隣接する臓器である咽頭や口腔にもがんが生じることが知られており、飲酒・喫煙などの環境因子がこれら3つの臓器全体をがんが発生しやすい母地へと変化させる「フィールドがん化」という現象に着目した。

食道がん患者121例とがんではない101例、正常な頬粘膜の遺伝子変異を比較

今回の研究では、最新のシーケンス技術を用いて、正常に見える頬粘膜をスワブで擦って細胞を安全に採取し、発がんに先立って正常細胞が獲得する遺伝子異常を高感度に検出した。

頬粘膜において発がんに先だって生じる遺伝子変異クローンの拡大を解析する目的で、さまざまな年齢(40~94歳、平均70歳)、喫煙歴・飲酒歴、遺伝子多型を持つ被験者(京都大学医学部附属病院腫瘍内科:173例、:49例)から頬粘膜をスワブで採取し、次世代シーケンサーを用いて、クローン拡大の証拠となる遺伝子変異の検出を試みた。

その際、食道がん患者(121例)と食道がんではない症例(101例)の間で、飲酒量と喫煙量に差がつかないように症例を集積した。また、頬粘膜における遺伝子変異クローンの大きさが不明だったため、3種類のサイズ(20mm2、28mm2、254mm2)のスワブで頬粘膜から一定の面積で細胞を採取し、最新のシーケンス技術である分子バーコードシーケンスを用いることで、最小で約0.06mm2という微小な遺伝子変異クローンの検出を行った。

がんの有無にかかわらず、ほとんどの試料で食道がん関連の遺伝子変異を検出

食道がん患者では、正常に見える頬粘膜において、解析した99%の試料で遺伝子変異が検出された一方で、食道がんではない症例の頬粘膜においても、96%の試料で遺伝子変異が検出された。同じ被検者の左右の頬粘膜の遺伝子変異を比較したところ、遺伝子変異の数やクローンのサイズに左右差は認められず、遺伝子変異クローンは頬粘膜全体に均等に分布していることがわかった。また、頬粘膜で観察される遺伝子変異は、食道がんで頻繁に観察されるNOTCH1遺伝子やTP53遺伝子に多く観察された。

頬粘膜の遺伝子変異数と食道がんのリスク因子(年齢、飲酒量、喫煙量、遺伝子多型)との相関を解析すると、これらのリスク因子の中で、遺伝子多型と飲酒量が強い相関を示した。

ALDH2遺伝子多型と飲酒量、頬粘膜のドライバー遺伝子変異と強く相関

次に、頬粘膜における各ドライバー遺伝子変異と食道がんのリスク因子(年齢、飲酒量、喫煙量、遺伝子多型(ALDH2遺伝子多型およびADH1B遺伝子多型))との相関について検討した。その結果、最も多くのドライバー遺伝子と有意に相関したリスク因子はALDH2遺伝子多型で、次に多かったのは飲酒量だった。

そこで、これら2つの因子の両方と有意な相関を示したTP53遺伝子変異について、飲酒量との関連をALDH2遺伝子多型の有無に分けて調べたところ、リスク多型を持たない人では、飲酒量が増加してもTP53遺伝子変異は増加しないが、リスク多型を有する人では、飲酒量の増加とともにTP53遺伝子変異の数が増加していた。そこで、リスク多型の有無に分けて、ドライバー遺伝子と他のリスク因子との相関を確認したところ、リスク多型がない場合は、喫煙が多くの遺伝子変異と相関を示したのに対し、リスク多型がある場合は、飲酒量が多くの遺伝子変異と相関を示し、体質によってリスク因子が及ぼす影響が異なることが判明した。興味深いことに、年齢はリスク多型の有無に関わらず、2つの遺伝子変異との間で有意な相関を示した。

加齢や喫煙の影響はリスク多型有無に関わらず一定

さらに、頬粘膜におけるドライバー遺伝子変異の総数や延べ変異面積に年齢、飲酒量、喫煙量が及ぼす影響を、リスク多型の有無に分けて調べたところ、加齢や喫煙の影響はリスク多型の有無に関わらず一定だったが、飲酒については、リスク多型がなければ飲酒量が増えても遺伝子変異はほとんど増加しない一方で、リスク多型がある人では飲酒量が増えるのに従って遺伝子変異も増加していた。1日平均1箱のたばこを7年間喫煙することは1歳年齢を重ねることと効果は等しく、リスク多型がある人にとって1日あたりビール60ml(アルコール分5%)の飲酒習慣は1歳分の加齢と等しい効果を有していた。

頬粘膜のドライバー遺伝子変異数はがんの有無と関連

非がん患者、早期食道がん患者、そして、進行食道がん患者で、頬粘膜におけるドライバー遺伝子変異の数を比較した結果、すべてのサイズのスワブで、早期食道がん患者であっても、変異数は非がん患者と比較して有意に多いことがわかり、頬粘膜の遺伝子変異情報を用いることで食道がんの有無を予測できる可能性が示唆された。

高精度の食道がん予測モデル開発に成功、リスク多型に関わらず有効

このことを証明するため、食道がんの存在をより良く予測する数個のドライバー遺伝子の組み合わせを決定し、ロジスティック回帰モデルを用いて、頬粘膜の遺伝子変異の情報にもとづいた食道がん予測モデルを構築した。この予測モデルの性能を検証するため、研究の前半に集めた症例(n=110)でモデルを最適化し、それを研究の後半に集めた症例(n=112)に当てはめた。その結果、3種類のサイズのスワブそれぞれで、2つないし3つの遺伝子の変異情報を用いることで、20mm2と28mm2のスワブでROC曲線のAUC値0.83~0.85と優れた精度を示した。

3種類のどのスワブにおいても、TP53遺伝子変異が食道がん予測モデルの因子として選択されており、頬粘膜の遺伝子変異情報を利用した食道がん予測モデルに必須の遺伝子であることが示唆された。この食道がん予測モデルがリスク多型を有していない人にとっても有用であるかを検証したところ、20mm2および28mm2のスワブでは、AUC値0.76~0.79と十分な精度を示し、リスク多型を有さない人にとっても、頬粘膜の遺伝子変異情報を利用した食道がん予測モデルが有用であることが示された。

体細胞モザイクを用いた食道がん予測法、早期発見と予防に貢献できる可能性

今回の研究では、固形臓器において世界で初めて、がんを予測するためのバイオマーカーとして体細胞モザイクの有用性を確立した。スワブを用いた頬粘膜の擦過は非侵襲的で安全であり、頬粘膜の体細胞モザイクは、従来用いられてきた生活習慣や体質の聴取に基づいたリスク評価法と比べてより客観的かつ正確な、食道がんリスクを反映するバイオマーカーとなる。今回の研究の成果が実用化されれば、より効率的なスクリーニングにより食道がんの早期発見に寄与するだけでなく、食道がんを発症していなくとも頬粘膜の体細胞モザイクが高度である人は将来的に食道がんを発症する可能性が高いと考えられるため、生活習慣の是正による発がん予防にも貢献しえる。

また今回、アルコールの代謝物で有害なアセトアルデヒドが体内に溜まりやすくなるアルコール代謝関連遺伝子(ALDH2、ADH1B)のリスク多型の有無により、飲酒が体細胞モザイクに及ぼす影響が明確に異なることが示された。「体質と飲酒量に応じてがんの発症リスクを認識することが重要だが、飲酒量を正確に申告することは困難だ。頬粘膜の体細胞モザイクは食道がんのリスク因子を総合的に反映するという観点からも、客観的で有用なバイオマーカーと言える。なお、今回の研究で開発した頬粘膜の体細胞モザイクを利用した食道がんリスクの評価法は、グローバルな普及による食道がん診療の向上を目指して、国際特許出願を行っている」と、研究グループは述べている。(

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