血栓症の分子標的薬開発に重要なトロンビンとフィブリノーゲン相互作用阻害

東京大学は8月8日、血栓症の既存低分子治療薬の薬効を大幅に上回り、相補鎖DNAなどの添加により薬効中和が可能な核酸アプタマーの開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院総合文化研究科の吉本敬太郎准教授、奈良県立医科大学血栓止血医薬生物学共同研究講座の坂田飛鳥特任助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Therapy – Nucleic Acids」に掲載されている。

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血液凝固反応が血管内で暴走すると血栓症のリスクが高まる。血液凝固因子の1つであるトロンビンは、基質であるフィブリノーゲンと反応して血液の凝固を起こす。血栓症は、血管内で血液凝固が起こる疾患で、発生した血栓が血流を停止することで重篤な症状を引き起こす。血栓症の予防や治療時に用いられる薬剤は抗凝固薬と呼ばれ、生体内の血液凝固因子に結合して血液凝固を抑制する。トロンビンに結合し、トロンビンとフィブリノーゲン間のタンパク質-タンパク質相互作用を阻害する分子は、血液凝固を抑制する分子標的薬として大きなポテンシャルを持つ。

HIT治療薬アルガトロバンは安全性面で課題

また、(HIT)は、抗凝固剤の一種であるヘパリンの投与によって引き起こされる血栓症治療時における合併症で、血小板減少とともに血栓塞栓症を引き起こす疾患である。最近の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、ヘパリンの使用量が増加したためにHIT患者の数が増加した。残念ながら、現在HIT治療薬として使用されているアルガトロバンという低分子型トロンビン阻害剤は、副作用として発生する重度の出血を停止するための中和剤がないこと、さらに胎盤通過性があるために妊婦に対する使用が推奨されていないなど、安全性の面で課題を残している。

相補鎖による薬効停止や連結が可能な「」に着目

このような背景のもと研究グループは、血栓症予防・治療薬として利用できる安全性の高い核酸アプタマーの開発研究に取り組んだ。中分子型分子標的薬の一つである核酸アプタマーは、分子認識能を持つ一本鎖核酸であり、1)製造コストが安価、2)輸送・保管時の低温管理が不用、3)相補鎖で薬効の停止(中和)が可能、4)複数のアプタマーの連結(二重特異性化)が容易、などの特長を持つ。特に3)は、抗凝固薬利用時に懸念される出血リスクを低減することができる核酸アプタマー特有のもので、安全性の高い血栓症治療の開発につながる。さらに、中分子薬である核酸は胎盤通過性が極めて低いことが知られている。

高い抗血液凝固活性をもつ「M08s-1」

血液凝固因子であるトロンビンに結合するDNAアプタマーは、1992年に初めてHD1と呼ばれる15の塩基配列からなるトロンビン結合性DNAアプタマー(TBA15)がSELEX法で発見されて以降、さまざまな配列のアプタマーが獲得・報告されている。研究グループは以前、独自に開発したMACE(R)-SELEX法を用いてトロンビンに対する10個のDNAアプタマー群「Mシリーズ」を獲得し、その中からDNAアプタマー史上最高の抗凝固作用を示すM08とその短鎖化配列M08s-1を発見した。

M08s-1に二重特異性を導入したアプタマーを4種類作製、結合親和性約100倍向上

研究グループは、核酸アプタマーの特長である複数のアプタマーの連結(二重特異性化)を活用することで、M08s-1ベースのバイスペシフィックアプタマーを考案した。アンチトロンビンアプタマーの二量体は既にいくつか報告されているが、トロンビンのエキソサイト1に結合する抗凝固活性の低いTBA15と、エキソサイト2に結合するTBA29を、柔軟な一本鎖DNAで連結されたもの、または剛直な二本鎖型DNAで連結されたものがほとんどだった。

M08s-1を含む4種類のバイスペシフィックアプタマーをリンカー種(2つのアプタマーをつなぐ一本鎖核酸または二本鎖核酸)やアプタマーの組み合わせを変えて新規に設計・作製し、評価を行った。まず、トロンビンに対する結合親和性を評価したところ、ヒトトロンビン、およびマウストロンビンに対する結合親和性は、4種類すべてが単量体アプタマーM08s-1よりも約100倍向上することが明らかとなった。

マウスにおいて7~10倍高い抗凝固活性や5倍の血中半減期を示す

マウスを用いて動物実験を行った結果、HITの承認薬アルガトロバン、単量体アプタマー、バイスペシフィックアプタマーを等モル量マウスに静脈投与した後に回収した血漿を用いて抗凝固活性を比較したところ、バイスペシフィックアプタマーがアルガトロバンや既報の臨床候補アプタマーであるNU172の抗凝固活性を大幅に上回っていること、なかでもLin08-08とPse08-29はM08s-1の7倍から10倍高い活性をマウスの体内で発現していることが明らかとなった。興味深いのは、2つの単量体アプタマーNU172およびM08s-1は、3分後の分布段階で血中濃度が急速に減少しているが、二量体では急速な減少は観測されていない点である。最も高い抗凝固活性を示したのはPse08-29だが、最も長い血中半減期を示したのはLin08-08で、単量体アプタマーの血中半減期のおよそ5倍の値を示した点は特筆に値する。Pse08-29が他の3つのバイスペシフィックアプタマーよりも強力な抗凝固活性をマウス生体内で示す詳細なメカニズムは今のところ不明だが、独自に発見したM08s-1を利用している事、二量体化によって大きく向上した標的分子に対する結合親和性が関与している可能性は高い。

短い相補鎖配列と硫酸プロタミンを用いて活性を中和可能

HITの治療に使用されるアルガトロバンとビバリルジンには中和剤がなく、治療時の出血リスクが高まる。一方、核酸アプタマーは相補鎖の添加で高次構造を強制的に二重鎖に変化させることが可能となるため、相補鎖が薬効を停止させる中和剤として利用できる。短い相補鎖配列[M08s G2]cを用いて、ヒト血漿中における中和剤としての機能評価を行ったところ、抗凝固効果を完全に中和することはできなかったが、目標であるaPTT値を30以下まで低下させることに成功した。さらに、既に臨床的に承認されている硫酸プロタミンを使用することで、Pse08-29の高い抗凝固活性をほぼ完全に抑制できることも明らかにした。

今回の研究では、既存の血栓症治療薬の薬効を大幅に上回り、相補鎖DNAなどの添加により薬効中和が可能な天然型の二重特異性DNAアプタマー(バイスペシフィックアプタマー)の開発に成功した。「今回得られた研究成果は、安全性の高いHIT治療や血栓症治療薬の開発に寄与するとともに、血液凝固因子を標的とする天然型核酸アプタマー治療薬の開発において、化学修飾や人工核酸を導入しないユニークな分子設計指針を提供する」と、研究グループは述べている。(

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