神戸市在住70歳以上の高齢者5万154人から回答を得る
神戸大学は12月1日、約8万人・70代の神戸市民対象の質問票「基本チェックリスト」を用いて、認知機能に関連する3つの質問により、要介護認定になるリスクを推定できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科橋渡し科学分野の永井洋士客員教授ら、神戸医療産業都市推進機構、神戸学院大学、LHS研究所、WHO健康開発総合研究センターの研究グループによるもの。研究成果は、「Health Research Policy and Systems」に掲載されている。
認知症は、世界規模で急速に増加している。日本の認知症患者数は、2012年の約460万人から2025年に675万人以上、2040年に800万人以上となると推計されている。神戸大学とWHO健康開発総合研究センター(WHO神戸センター)は、神戸市役所の協力により作成されたデータを元に、認知症の早期発見・早期介入をめざす「神戸モデル」構築を目指し、地元研究機関である公益財団法人神戸医療産業都市推進機構医療イノベーション推進センター(TRI)、神戸学院大学と連携して、共同研究「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」を実施してきた。同プロジェクトでは4つの分担研究が実施され、今回の研究はその分担研究の1つ。今回の研究は、神戸市役所で保管されている基本チェックリストと要介護認定のデータを統合して、好ましくない回答をした数が多いほど要介護認定のリスクが高いことを推定した先行研究のレトロスペクティブ調査を前向きに実証する研究だ。
同研究では、2015年に要介護認定を受けていない神戸市在住の70歳以上の高齢者7万7,877人を対象に神戸市が郵送した、日常生活の自立度に関する25項目の質問票「基本チェックリスト」を用いた。基本チェックリストの質問への回答結果と2015~2019年にかけて収集された要介護認定データを突合し、要介護認定発生との関連を調べた。また、先行研究と同様に、基本チェックリストの内の認知機能に関連した3項目の質問「周りの人からいつも同じ事を聞く等の物忘れがあると言われますか」(好ましい回答:いいえ)、「自分で電話番号を調べて、電話をかけることをしていますか」(好ましい回答:はい)、「今日が何月何日かわからないときがありますか」(好ましい回答:いいえ)への回答結果にも注目。アンケートを受け取った市民7万7,877人のうち、5万154人から回答を得た(回答率:64.4%)。
3つの質問へ好ましくない回答「多」で、要介護認定の発生率「高」
研究の結果、基本チェックリスト調査結果より、4年後の要介護認定の累積発生率は、回答しなかった人の方が回答した人よりも高くなった(12.5%対8.4%)。また、回答者のうち、3つの質問に対して、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率が高くなった(好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、それぞれ4年後の時点で5.0%、8.4%、15.7%、30.2%)。同様に、認知機能低下を伴う要介護認定に限定した場合でも、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率が上昇した(好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、3.4%、6.5%、13.7%、27.9%)。
低コストで実施可能、認知症対策のための具体的なアプローチの1つ
今回の研究により、基本チェックリストに郵送で回答をしなかった人はそれだけで要介護認定になるリスクが高い人であることが推定でき、また、認知機能に関する簡単な質問で、要介護認定、特に認知機能低下を伴う要介護認定のリスクも推定できたとしている。これらの観測は、リスクが高いと推定される市民に的を絞った対策を行い、認知症の社会負担を減らす糸口を見出す可能性を示すものだという。
2016年12月14日に「官民データ活用推進基本法」が公布、施行され、神戸市をはじめ行政機関が保有する精度の高いデータの適正かつ効果的な活用が推進された。また、2022年4月1日に日本医学会連合から「フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言」が発出され、関連学会がそれぞれフレイル・ロコモ克服に向けた方針を発表し、この国家的重要課題である超高齢社会の克服に向けた動きが活発化している。今回の研究は、行政機関が保有する精度の高いデータを定期的に解析し、解析結果を行政施策に反映させ、一定期間後に予後が向上していることを実証するサイクルを回し、その結果として要支援・要介護状態の数を減らして健康寿命を延ばしていく「ラーニングヘルスシステム」の中に位置づけられる重要な研究だという。上記のコンセプトはあらゆる政策、あらゆる都道府県市町村に適用することが可能で、同研究は住民の貴重なデータを用いて成果を住民に還元する研究方法を、具体的な事例をもって示したとしている。
また、同研究は、日本だけでなく、諸外国、特にこれから高齢化率が上昇し本格的な超高齢社会を迎えるアジア諸国において、低コストで実施できる認知症対策のための具体的なアプローチの1つとして提案することができる、と研究グループは述べている。(QLifePro編集部)