LC-SCRUM-Asiaの遺伝子スクリーニングで発見
国立がん研究センターは11月25日、肺がんの遺伝子スクリーニングプロジェクトである「LC-SCRUM-Asia」(研究代表者:東病院 呼吸器内科長 後藤功一)において、非小細胞肺がんの新しいドライバー遺伝子となる「CLIP1-LTK融合遺伝子」を世界で初めて発見したと発表した。研究成果は、「Nature」電子版に掲載されている。
日本における死因の第1位はがんであり、このうち肺がんはがん死亡原因として最多。初期の肺がんと診断された場合は手術が可能だが、手術不能の進行肺がんと診断された場合は、薬物療法や放射線療法で治療を行うことになる。近年の遺伝子解析技術の進歩により、肺がん発症の原因となるさまざまな遺伝子変化(ドライバー遺伝子)が相次いで発見され、これらのドライバー遺伝子を有する肺がんには、それを標的とした分子標的薬の有効性が高いことがわかってきた。
現在、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、NTRK、MET、RETなどのドライバー遺伝子を有する進行肺がんには、それぞれに対する分子標的薬を用いることが強く推奨されている。このように遺伝子変化を同定して、それに対応する有効性の高い薬剤を用いて治療を行うことを「個別化医療」と呼ぶ。しかし、非小細胞肺がんの約50~60%には、これらのドライバー遺伝子が存在しないため、従来の抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤を用いた治療が行われる。
今後、個別化医療をさらに発展させるためには、既知のドライバー遺伝子を有していない非小細胞肺がんにおいて、治療標的となるような遺伝子変化を発見し、それに対する有効な治療を開発することが求められている。
肺腺がんの0.4%で発見、既知ドライバー遺伝子と相互排他的
LC-SCRUM-Asiaでは、国立がん研究センター東病院呼吸器内科の松本慎吾医長が中心となり、既知のドライバー遺伝子が陰性の非小細胞肺がんを対象にして、全RNAシーケンス解析を行い、新しいドライバー遺伝子を探索する研究を2020年10月より開始した。
その結果、肺がんの新しいドライバー遺伝子として「CLIP1-LTK融合遺伝子」を、世界で初めて発見した。さらに、過去にLC-SCRUM-Asiaに登録された542例の非小細胞肺がんの検体を用いてRT-PCR解析を行った結果、CLIP1-LTK融合遺伝子は2例(0.4%)で検出された。CLIP1-LTK融合遺伝子が同定された腫瘍は、いずれも肺腺がんであり、既知のドライバー遺伝子とは相互排他的だった。
CLIP1-LTK融合遺伝子陽性の肺腺がん患者にロルラチニブが著効
さらに、国立がん研究センター先端医療開発センター ゲノムトランスレーショナルリサーチ分野の小林進分野長らの研究グループが、細胞や実験動物を用いて基礎的な検討をした結果、CLIP1-LTK融合遺伝子は、LTKキナーゼの恒常的な活性化によって、細胞増殖や腫瘍形成など、がん化を引き起こすことが示された。LTK遺伝子は、ALK遺伝子と塩基配列や蛋白構造の相同性が高いことから、ALKキナーゼ阻害剤の多くはLTKキナーゼの阻害活性も有することが報告されている。このことから、7種のALK阻害剤の効果を細胞実験で検討した結果、特にロルラチニブがCLIP1-LTK融合蛋白のキナーゼ阻害作用、および細胞増殖抑制効果を示した。また、マウス異種移植モデルにおいても、ロルラチニブの抗腫瘍効果が確認された。
これらの基礎研究を基に、CLIP1-LTK融合遺伝子陽性の肺腺がんの患者に、ロルラチニブ(院内諸手続き後の適応外使用)による治療を行ったところ、著明な抗腫瘍効果を認めた。
治療薬、診断薬の確立へ
CLIP1-LTK融合遺伝子の頻度は非小細胞肺がんの1%未満であり、極めて希少な肺がんだが、国内だけでも年間約400人の患者がLTK融合遺伝子陽性肺がんで死亡していると推測される。よって、これらの患者へ有効な治療薬を届けるために、現在、研究グループは、LC-SCRUM-Asiaの遺伝子スクリーニングを活用して、CLIP1-LTK融合遺伝子を有する非小細胞肺がんを見つけ出し、LTK阻害薬の有効性を検討する臨床試験を行うことを計画している。また現在、LTK融合遺伝子を有する進行再発非小細胞肺がんに対して、ロルラチニブの安全性・有効性を検証する臨床第2相試験を計画中だという。
併せて、CLIP1-LTK融合遺伝子陽性肺がんを正確に診断するための診断薬開発も行っていく予定だとしている。こうした治療薬開発、診断薬開発に基づいて、CLIP1-LTK融合遺伝子に対する有効な治療法が確立することで、ドライバー遺伝子に基づく肺がんの個別化医療がさらに発展していくと、研究グループは考えている。(QLifePro編集部)