欧米で承認の血友病B遺伝子治療、小児で効果減弱し再投与不可という課題
自治医科大学は10月30日、血友病Bに対する新しいゲノム編集治療の開発に向け、ヒト血液凝固第IX因子遺伝子に機能獲得型変異を導入する塩基編集技術を開発したと発表した。この研究は、同大医学部生化学講座病態生化学部門・遺伝子治療研究センターのNemekhbayar Baatartsogt助教、柏倉裕志准教授、大森司教授、北海道大学大学院薬学研究院の佐藤悠介准教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部(薬学域)の石田竜弘教授、京都府立医科大学大学院医学研究科循環器内科学の星野温講師、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Blood」に掲載されている。

画像はリリースより
血友病Bは、血液凝固第IX因子遺伝子の欠損または機能低下により発症する出血性疾患である。従来の治療は、血液の中に不足する凝固因子タンパク質を補充する治療だったが、半減期が短く、生涯治療が必要である。最近ではアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療薬が欧米で承認され、1回の投与で長期に効果が得られることが知られている。一方、これらの治療は機能的な凝固因子遺伝子を、生理的な産生部位である肝臓の細胞に届ける、いわば遺伝子補充療法であり、小児の肝臓のように増殖を繰り返すと、その治療効果が減弱していく。また、AAVベクターの投与後には高力価の抗AAV抗体が生じ、再投与が困難である。
個別修復ではなくタンパク質機能を高める塩基編集に着目
そこで注目されているのが疾患の原因となるバリアントを直接修復する個別化ゲノム編集治療だ。特に最近では特定の塩基を書き換える塩基編集やプライム編集という技術が注目されている。塩基編集は、ゲノム編集ツールであるCas9に脱アミノ化酵素を結合させ、ゲノムDNAをCからT、またはAからGへ書き換える技術である。
ごく最近、米国において塩基編集を用いて尿素回路異常の患者への遺伝子修復型治療が行われた。特定の患者の疾患の原因となるバリアントに対して個別化ゲノム編集治療を行うことは理想的であるが、数多く存在するバリアントにすべての薬剤を用意することは現実的ではない。そこで研究グループは、タンパク質機能を高める遺伝子改変を体内で実現することで、より多くの患者に適応できる治療法を目指した。そのために、AAVベクターに加えて脂質ナノ粒子で塩基編集ツールを肝臓に送達する技術も用いた。
第IX因子の書き換えでR338Q変異を誘導、患者由来細胞株で活性の上昇を確認
研究では血液凝固第IX因子タンパク質のR338部位に注目した。この部分のマイナス鎖のCをTに書き換えるとR338Qが誘導できる。R338QはShanghaiバリアントとして家族性血栓症を引き起こすことが知られている。さまざまなC>T置換が可能な塩基編集ツールの中から血液凝固第IX因子R338Qを効率的に誘導する組み合わせを見出し、実際にヒト細胞において60%以上の効率でC>T置換が誘導でき、さまざまな血友病B患者由来のバリアントをもつ細胞株の血液凝固第IX因子活性が上昇した。
ヒト第IX因子発現ノックインマウスでも活性増強を確認、脂質ナノ粒子での送達も可能
さらにヒト血液凝固第IX因子を発現するノックインマウスを樹立し、塩基編集ツールを発現させるAAVベクターを投与すると、血液凝固第IX因子の抗原量は変化ないものの、活性が約5~6倍増強した。この効果は、通常のAAVベクター遺伝子治療が適応とならない新生仔マウスや複数の血友病B患者由来のバリアントを有するノックインマウスでも確認できた。さらに、塩基編集ツールのmRNAと標的配列のガイドRNAを包埋した脂質ナノ粒子をノックインマウスに投与しても同様の効果が得られ、またこの場合には再投与が可能だった。
汎用的な機能強化治療、治療戦略は他の遺伝性疾患にも応用できる可能性
今回の研究では、塩基編集において疾患の原因となるバリアントを修復する個別化ゲノム編集治療ではなく、ゲノム上の血液凝固第IX遺伝子に機能獲得型変異を誘導することで、複数の血友病Bの治療を可能にした。この手法は塩基編集ツールmRNAを脂質ナノ粒子で送達し、一過性のゲノム編集ツールの発現によって、ゲノムDNAを書き換えることが可能であり、永続的な効果が期待されるだけでなく、AAVベクター遺伝子治療の課題でもあった小児への適応、および再投与の可能性が開けるものである。「また、この治療戦略は、血友病Bだけでなく、他の遺伝性疾患にも応用できる可能性がある」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)
