血小板減少メカニズムが未解明の骨髄異形成症候群、現在の治療法には課題
東京薬科大学は8月21日、非小細胞肺がんの治療薬として承認されているクリゾチニブに、血小板のもととなる巨核球の分化・成熟化を促進する新作用を発見し、骨髄異形成症候群患者の主な臨床症状である血小板減少症を改善しうることを見出したと発表した。今回の研究は、同大生命科学部の小林大貴准教授、原田浩徳教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Leukemia」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
骨髄異形成症候群(myelodysplastic neoplasms, MDS)は造血幹細胞のクローン性疾患で、無効造血と血球減少を特徴とする。特に血小板減少は出血リスクを高め、患者のQOL(生活の質)を著しく低下させる重大な臨床症状である。造血幹細胞の遺伝子異常がどのようなメカニズムで血小板減少を引き起こすかは、これまでほとんど解明されていなかった。
現在の主な治療法である血小板輸血は一時的な効果しかなく、同種免疫や血小板不応性などのリスクも伴う。そのため、血小板産生を直接的に促進する新たな治療アプローチが強く求められていた。
巨核球成熟障害が血小板減少の原因と判明、in vitroで再現する実験系を確立
これまで研究グループは血小板を含む血球減少を呈するMDSモデルマウスの樹立に成功している。今回、このモデルマウスの血小板数減少に着目した。詳細な解析により、MDSモデルマウスの骨髄中の巨核球は対照マウスと比較して、核倍数性の低下と細胞サイズの減少、すなわち巨核球の成熟障害を示し、これが血小板数の減少に反映されていると考えられた。これら未熟な巨核球の所見は臨床観察とも一致している。
研究グループは、in vitroで巨核球分化障害が再現できれば、それを改善できるような化合物が探索でき、そのような化合物は巨核球造血を促進し、血小板数を増加させることが期待できると考えた。そこでMDSモデルマウスの巨核球の特性を調べるため、マウス骨髄から造血幹細胞を分離し、in vitro培養を行った。その結果、MDSモデルマウス由来の造血幹細胞から分化した巨核球は、対照マウスと比較して有意に小型化しており、正常な巨核球に特徴的な核倍数性が顕著に減少していた。すなわちMDSマウスモデルの生体内で見られた巨核球分化障害がin vitroで再現できることがわかった。
巨核球の分化・成熟化を促進する化合物を5つ同定、肺がん治療薬クリゾチニブに着目
そこでMDSモデルマウス造血幹細胞由来の巨核球に対して分化・成熟化を促進する化合物の探索を実施した。その結果、細胞サイズを増大させる可能性のある5つの化合物を同定した。これらの中から、研究グループは「クリゾチニブ」に注目した。クリゾチニブにはこれまで巨核球分化促進活性は報告されておらず、「ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がん」の治療薬として承認されており、ドラッグリポジショニングの可能性があるためである。
クリゾチニブ、既知標的ではなくオーロラA/Bキナーゼ阻害を介し巨核球成熟を促進
研究グループは、クリゾチニブが巨核球の成熟を促進するメカニズムを解明するため、クリゾチニブの既知の標的分子であるALK/ROS1/c-METキナーゼの阻害が巨核球成熟に関与しているかを検討した。ALK阻害剤(アレクチニブ)、ALK/ROS1阻害剤(ロルラチニブ)、c-MET阻害剤(カプマチニブ)を用いて実験を行ったところ、これらの薬剤の単独投与でも併用投与でも巨核球の核倍数化(エンドマイトーシス)は誘導されなかった。このことから、クリゾチニブはALK/ROS1/c-MET以外の分子を阻害することで巨核球成熟を促進していることが示唆された。
キナーゼ結合能を失ったクリゾチニブの光学異性体を用いた実験では、巨核球の核倍数化が誘導されなかったことから、クリゾチニブは特定のキナーゼを阻害することで作用していることが示唆された。以前の研究において特定されていたクリゾチニブが結合するキナーゼのうち、巨核球成熟化に関与する可能性のある分子として、PLK4(ポロ様キナーゼ4)、オーロラBキナーゼ、オーロラAキナーゼ、LIMK1/2(LIMキナーゼ1/2)に着目し、これらのキナーゼに対する選択的阻害剤を用いた実験の結果、オーロラBキナーゼ阻害剤(バラセルチブ)とオーロラAキナーゼ阻害剤(アリセルチブ)が巨核球成熟化を誘導することを明らかにした。
オーロラAキナーゼの基質であるPLK1(ポロ様キナーゼ1)の選択的阻害剤(ボラセルチブとBI2536)も巨核球の核倍数化を誘導した。培養細胞を用いた実験では、クリゾチニブがオーロラAキナーゼを阻害し、PLK1のリン酸化レベルを低下させることが確認された。これらのデータから、クリゾチニブはオーロラBキナーゼとオーロラAキナーゼの両方を阻害し、オーロラAキナーゼ阻害によるPLK1活性の抑制を介して巨核球成熟化に寄与することが示された。
MDS患者の造血幹細胞、増殖・分化バランス異常により血小板減少
巨核球前駆細胞は細胞質分裂(細胞増殖)とエンドマイトーシス(分化)がバランスをとりながら巨核球・血小板造血を行っている。研究グループは、血小板減少を示すMDS患者の巨核球前駆細胞では、エンドマイトーシスではなく細胞質分裂/細胞周期を促進していると仮説を立てた。
この仮説を検証するため、血小板減少の表現型に焦点を当てたMDS患者の遺伝子発現解析を行った。遺伝子セット濃縮解析(Gene Set Enrichment Analysis)により、血小板数の低いMDS患者の骨髄造血幹細胞では、健常ドナーと比較して、細胞周期進行、特に有糸分裂に関連する遺伝子セットが濃縮されていることが明らかになった。実際に、クリゾチニブの作用に関連するAURKA(オーロラAキナーゼ遺伝子)、AURKB(オーロラBキナーゼ遺伝子)、PLK1(ポロ様キナーゼ1遺伝子)の発現レベルは健常ドナーよりも患者で高いことが確認された。
さらに階層的クラスタリング解析により、細胞増殖を制御するE2Fターゲット(AURKAやPLK1を含む)の発現プロファイルは、正常な血小板数の患者や健常ドナーよりも、血小板減少を伴うMDS患者のサブセットで観察される傾向があることが示された。これらの知見は、MDS(特に芽球増加を伴わないタイプ)では、細胞周期プログラムの調節不全がエンドマイトーシスではなく細胞質分裂を促進し、その結果として血小板減少を引き起こす可能性を裏付けている。
クリゾチニブ、ヒト患者細胞の巨核球核倍数性を増加・マウス生体内で血小板数を改善
最後に研究グループはクリゾチニブがヒト患者細胞やマウス生体内でも巨核球分化・成熟化を促進し、血小板数を増加させるか検証した。クリゾチニブは臨床サンプル由来細胞の巨核球核倍数性を増加させ、マウス細胞だけでなくヒト細胞にも作用することが確かめられた。MDSモデルマウスを用いた薬効評価では、クリゾチニブは白血球数や赤血球数を変化させることなく血小板数を改善した。この血小板数増加には骨髄内巨核球の核倍数性とサイズの増加が伴っていた。さらにクリゾチニブは骨髄内に蓄積した巨核球前駆細胞プールを減少させた。
これらの知見から、クリゾチニブ治療はオーロラキナーゼの阻害を通じて巨核球前駆細胞から巨核球への分化とその成熟を促進することで血小板産生を改善することが示された。以上の結果からクリゾチニブがMDSにおける血小板減少症に対する治療薬として大きな可能性を持つことが示唆された。
MDS血小板減少症の新治療法として期待、未熟巨核球関連疾患への拡大も検討
今回の研究は、既存の抗がん剤クリゾチニブがMDSに伴う血小板減少症の新たな治療薬となる可能性を示した画期的な成果である。ドラッグリポジショニングのアプローチにより、新薬開発よりも短期間で臨床応用できる可能性がある。ただしマウスとヒトではクリゾチニブの半減期が大きく異なるため、最適な投与量や投与スケジュールの検討など臨床試験の実施が必要である。一方、造血幹細胞の遺伝子異常が血小板減少を引き起こすメカニズムはこれまでほとんど解明されていなかったが、今回の研究により芽球増加を伴わないタイプのMDSでは細胞周期プログラムの調節不全が巨核球分化障害の一因となっていることが強く示唆され、MDSの病態理解へ重要な知見をもたらしたと言える。「今後は、未熟な巨核球が関連する他の血液疾患への応用も検討していく」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)