40歳以下で発症する肺腺がん、遺伝的要因の解明が重要課題
国立がん研究センターは7月9日、日本人の肺腺がん1,773症例で全ゲノム・全エクソームシークエンス解析を行い、若年発症例(40歳以下)での特徴を調べたと発表した。今回の研究は、同研究所ゲノム生物学研究分野の白石航也ユニット長、河野隆志分野長、張萌琳外来研究員ら、愛知県がんセンター、東京大学医科学研究所、神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター、福島県立医科大学、秋田大学、信州大学、群馬大学、滋賀医科大学、日本赤十字社医療センター、慶應義塾大学医学部、国立健康危機管理研究機構、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立長寿医療研究センター、国立成育医療研究センター、東京科学大学、日本医科大学の研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Thoracic Oncology」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
肺がんは日本において年間罹患者数は12万人を超え(全がん種で第2位、2020年)、死亡数は年間7万5,000人以上(全がん種で第1位、2023年)と、罹患率・死亡率の観点から重要性の高いがん種である。肺がんは一般的に喫煙などの環境要因が発がんに強く関連することが知られている。一方で、肺がんの中で最も頻度が高い肺腺がんは、非喫煙者が約半数を占め、喫煙以外の危険因子の存在が疑われているが、遺伝的要因との関連性については、欧米、アジアを問わず、これまでエビデンスがほとんどなかった。
さらに、もう一つの課題として、40歳以下で肺腺がんを発症する若年発症例は、肺がん患者全体の1%未満とまれではあるが、進行期で発見される場合が多く、予後不良であることが知られている。研究グループは、全国8施設からなる研究コンソーシアムを構築し、これまで日本人の肺腺がんを引き起こす遺伝要因について明らかにしてきた。今回の研究では、若年発症に着目し、生殖細胞系列病的バリアントの解析を行うことで、肺腺がんにおける遺伝要因の関与を調べた。
日本人肺腺がん全ゲノム・エクソーム解析を実施、生殖細胞系列病的バリアント探索
日本人の肺腺がんについて、血液DNAを対象に全ゲノム・全エクソームシークエンス解析を行い、若年発症例と非若年発症例での生殖細胞系列病的バリアントを比較した。また、一部の症例については、がん組織のDNAを解析し、体細胞変異の頻度や相同組み換え修復機構の破綻を調べた。さらに、肺腺がん症例と非がん症例の血液DNAを用いてゲノム解析を行い、新たな生殖細胞系列病的バリアントを探索・同定した。
TP53・BRCA2遺伝子の病的バリアント、若年発症肺腺がんで頻度高いと判明
1,773例の肺腺がんについて、40歳以下の若年発症例(348人)と41歳以上の非若年発症例(1,425人)の血液DNAを比較した結果、若年発症例ではTP53遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント陽性症例が多く、TP53遺伝子では非若年発症例が0.14%であるのに対し、若年発症例では2.9%、BRCA2遺伝子では非若年発症例が0.21%であるのに対し、若年発症例では1.7%だった。TP53遺伝子は幼少期からさまざまながんを発症するリー・フラウメニ症候群、BRCA2遺伝子は遺伝性乳がん卵巣がんの原因遺伝子として知られているが、若年発症肺腺がんの要因でもあることが示唆された。
BRCA2遺伝子変異による肺腺がん、既存のPARP阻害剤が適用できる可能性
生殖細胞系列病的バリアントを有する症例(14例)に発生した肺腺がんの体細胞変異の特徴を調べた。その結果、BRCA2遺伝子の病的バリアントを有する肺腺がんの腫瘍組織でも、乳がん、卵巣がんなどで見られるような相同組み換え修復機構の破綻が3例中2例で観察された。BRCA2遺伝子の変異を持つ乳がんや卵巣がんに対してはDNA修復経路を標的とするPARP阻害剤による治療が有効であることがわかっており、今回の研究結果はBRCA2遺伝子の病的バリアントを有する肺腺がんでもPARP阻害剤が有効である可能性を示唆している。
若年発症例、ALK融合遺伝子やRET融合遺伝子の陽性例が多く存在
肺腺がんの若年発症例(57例)と非若年発症例(1,280例)の腫瘍組織を用いて全エクソンシークエンス解析を行った結果、がん細胞に生じているドライバーがん遺伝子変異の分布は、二群間で大きく異なっていた。若年発症例では、分子標的治療の効果の高いALK融合遺伝子やRET融合遺伝子の陽性例が多く存在した。
新遺伝的リスク因子としてALKBH2遺伝子の機能欠失型バリアント同定
肺腺がんの若年発症例における生殖細胞系列病的バリアントを調べるため、肺がん症例(10,302人)と非がん症例(7,898人)を対象に遺伝性腫瘍やDNA修復メカニズムに関連する450個の遺伝子を解析する症例対照研究を行った結果、DNA修復に関わる遺伝子ALKBH2の機能欠失型バリアントが、肺腺がんの若年発症リスク(オッズ比=2.26)となることが示された。
若年発症肺腺がん、遺伝医学の知見を踏まえた新しいがん医療の必要性を示唆
今回の研究において、遺伝的要因が肺腺がんの若年発症に関わっていることが明らかになった。若年発症の肺腺がん症例では、環境要因だけでなく生殖細胞系列病的バリアントにも注視して診療することが重要であると考えられる。また、遺伝的要因のある肺腺がん症例では、腫瘍組織に特徴的な変化が見られ、分子標的治療の対象となり得ることも示唆された。
「今後、遺伝性腫瘍の患者が抱える課題などを共有し、遺伝医学の知見を踏まえた新しいがん医療を築く必要性が、今回の研究により示された」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)