CTLを選択的に活性化する改変エクソソームは既開発、今回はTh1/Th2で
金沢大学は6月13日、細胞から分泌される微粒子「エクソソーム」を人工的に改変し、がん抗原特異的なヘルパーT細胞を選択的に活性化・分化誘導する「改変エクソソーム(AP-EV)」の開発に成功したと発表した。この研究は、同大ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)/医薬保健研究域医学系免疫学の華山力成教授、山野友義准教授、医薬保健研究域医学系脳神経外科の中田光俊教授、木村亮堅助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Drug Delivery」に掲載されている。

画像はリリースより
エクソソームは、細胞が他の細胞と情報をやり取りするために放出する直径50〜150ナノメートルの微小な膜小胞であり、「細胞間のメッセージボックス」とも呼ばれる。内部にはタンパク質、脂質、RNAやDNAなどの生体分子が含まれており、受け取った細胞の機能に影響を与えることが知られている。近年、エクソソームはがん、免疫、神経疾患など多様な疾患に関与することが明らかとなり、次世代の診断・治療技術、創薬モダリティとして注目を集めている。
中でも、目的のタンパク質や核酸を自在に搭載可能な「改変エクソソーム」は、世界的に注目されている先端技術の一つである。改変エクソソームは、生体由来の膜構造を有するため、高い生体適合性や免疫回避性を備えており、抗体医薬やmRNA医薬といった他のモダリティと比較しても、安定性、細胞特異的な送達性能、複数分子の同時提示能力などの点で優れた特長を持つ。これにより、より精密かつ柔軟な免疫制御や標的治療の実現が期待されている。
研究グループは2025年3月、がん細胞を直接攻撃するキラーT細胞(CTL)を選択的に活性化する改変エクソソームを開発し、免疫細胞を標的ごとに精密に制御する技術を報告した。この改変エクソソームは、抗原提示能を備えることから「抗原提示小胞(Antigen-Presenting Extracellular Vesicle, AP-EV)」と命名された。今回の研究はその発展として、免疫応答を統率するヘルパーT細胞(Th1/Th2)に着目し、これらを選択的に活性化・分化誘導する新たなエクソソーム技術の開発に取り組んだものである。
抗原+共刺激分子+サイトカインの3要素を表面に同時提示できるエクソソームを作製
エクソソームは免疫細胞間でも情報伝達の役割を担っており、内部に含まれるタンパク質やRNAなどの分子が他の免疫細胞に作用することで活性化あるいは抑制に関与することが知られている。同研究では、これまでにキラーT細胞(CTL)を選択的に活性化する改変エクソソーム(AP-EV)を開発した技術を応用し、抗原特異的なヘルパーT細胞を標的とする新たな改変エクソソームを設計・作製した。ヘルパーT細胞の分化には、T細胞受容体(TCR)による抗原認識、共刺激分子による補助刺激、ならびにサイトカイン(IL-12またはIL-4)による分化促進の三つの要素が重要である。
本研究では、それらをすべてエクソソーム表面に同時提示できるよう設計し、膜タンパク質であるテトラスパニン(CD9など)およびMFGE8(Milk Fat Globule-EGF Factor 8)を足場として各機能分子を融合させた改変エクソソームを構築した。さらに、Th1型(細胞性免疫)またはTh2型(液性免疫)への分化を誘導するサイトカインの違いに応じて、これらの改変エクソソームをそれぞれ「AP-EV-Th1」「AP-EV-Th2」と命名した。AP-EVは直径約100ナノメートルの小胞で、ヘルパーT細胞の約100分の1のサイズである。
Th1型分化誘導エクソソーム、担がんマウスの腫瘍増大を有意に抑制
培養細胞を用いた実験においては、「AP-EV-Th1」および「AP-EV-Th2」が抗原特異的なヘルパーT細胞を選択的に活性化し、それぞれTh1型およびTh2型への分化を誘導できることが確認された。
さらに、がん細胞を移植したマウスモデルを用いたin vivo実験では、「AP-EV-Th1」の投与によってヘルパーT細胞の活性化とTh1型への分化が促進され、腫瘍の増大が有意に抑制されることが示された。
これらの成果は、エクソソームを用いて抗原特異的な免疫応答を高精度に制御する新たな手法を示すものであり、がん免疫療法の多層的強化や個別化医療への応用に向けた重要な技術的基盤となることが期待される。
今後、非臨床試験・ヒト対象臨床試験の準備を進める予定
今回の研究では、改変エクソソームを用いてヘルパーT細胞を抗原特異的に活性化・分化誘導し、がんに対する免疫応答を高めることに成功した。今後は、開発した抗原提示小胞(AP-EV)の安全性および有効性を評価するため、非臨床試験およびヒトを対象とした臨床試験の準備を進める予定である。これにより、AP-EVを活用した新たながん免疫療法の実現を目指す。改変エクソソームの大きな特長は、その構造設計を柔軟に変更することで、特定の免疫細胞を標的として選択的に活性化または抑制できる点にある。例えば、これまでに報告したキラーT細胞を活性化するAP-EV-CTLと、今回開発したヘルパーT細胞向けAP-EV-Th1を組み合わせることで、両者の協調的な作用により、がんに対する免疫応答のさらなる強化が期待される。
また、同技術はがん免疫にとどまらず、自己免疫疾患やアレルギーなど、免疫系の過剰な活性化が関与する病態に対しても応用可能である。特定の免疫細胞の機能を抑制するように設計された改変エクソソームを用いることで、異常な免疫反応を制御する新たな治療手段としての可能性も広がっている。改変エクソソーム技術は、がん治療に加え、多様な免疫疾患への応用展開が見込まれる革新的なプラットフォームであり、今後の医療技術の進展に大きく貢献することが期待される、と研究グループは述べている。(QLifePro編集部)