細胞間の情報交換を担うエクソソーム、免疫細胞でも免疫応答制御において機能
金沢大学は3月31日、細胞が分泌する微粒子であるエクソソームを人工的に改変し、がん特異的キラーT細胞を選択的に活性化する「改変エクソソーム」を開発したと発表した。この研究は、同大ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の呂夏氷特任助教、WPI-NanoLSI/医薬保健研究域医学系の山野友義准教授、華山力成教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Extracellular Vesicles」に掲載されている。

画像はリリースより
エクソソームは細胞の中で作られ、細胞の外に放出される直径50~150ナノメートル程度の非常に小さな小胞である。エクソソームの中には、細胞が作ったタンパク質や脂質、核酸などが詰まっている。これらの分子が、他の細胞に送られることで、細胞同士が情報を交換できる。エクソソームは現在の医学やバイオテクノロジーの分野で非常に注目されており、病気の治療や新しい医薬品の開発に大きな可能性を秘めている。
エクソソームは、免疫細胞においても「情報を伝達するツール」として機能する。エクソソームの中にはタンパク質やRNAなどの分子が含まれており、これらが他の免疫細胞に働きかけることで、免疫反応を活性化したり抑制したりすることができる。
がん細胞攻撃キラーT細胞を増強する3分子を搭載した、改変エクソソーム「AP-EV」を開発
今回の研究では、エクソソームを人工的に改変し、がん細胞を攻撃するキラーT細胞を選択的に増強する「改変エクソソーム」を開発した。キラーT細胞の増強には、T細胞受容体(TCR)を介した抗原刺激、補助シグナル分子の活性化、サイトカイン(IL-2)というT細胞の増殖を促進するサイトカインが重要だ。この要素をエクソソームに組み込むため、テトラスパニンという4回膜貫通タンパク質を足場として利用し、それらの分子を融合させた改変エクソソームを作製した。このエクソソームは、抗原を提示する能力を持つことから、「抗原提示小胞(Antigen-Presenting Extracellular Vesicles、AP-EV)」と名付けられた。
がん細胞移入マウスの生存期間延長・ヒト末梢血キラーT細胞増強効果を確認
AP-EVは約100ナノメートルの大きさで、キラーT細胞より100倍小さい小胞だが、培養実験において、キラーT細胞を選択的に増やすことができることが確認された。また、マウスを用いた実験では、AP-EVがキラーT細胞を効果的に増強し、がん細胞を移入したマウスの生存期間を顕著に延長することがわかった。さらに、ヒトの免疫系における効果を評価するために、ヒト末梢血から単離したT細胞にNY-ESO-1というがん抗原特異的TCRを導入し、ヒト化AP-EVを用いて活性化した。その結果、ヒト化AP-EVもキラーT細胞を効果的に増強することが確認された。これらの成果は、がんに対する免疫応答を強化する新たなアプローチとして、がん免疫療法の発展に大きく寄与する可能性がある。
がん治療のほか各種免疫疾患へ応用の可能性、今後ヒト対象の非臨床/臨床試験へ
今回の研究により、改変エクソソームを用いてキラーT細胞を選択的に増強し、がんに対する免疫応答を高めることに成功した。今後は、AP-EVの安全性や有効性を評価するため、ヒトを対象とした非臨床試験や臨床試験を進める予定である。これにより、AP-EVを用いた新しいがん免疫療法の実現を目指す。改変エクソソームの大きな特徴は、その設計を変えることで、特定の免疫細胞を選択的に活性化したり抑制したりできる点である。今回の研究では、キラーT細胞を増強するエクソソームを設計したが、ヘルパーT細胞を活性化させる改変エクソソームを作製することも可能である。また、免疫の異常な活性化が原因で発症する自己免疫疾患やアレルギーに対して、過剰に活性化した免疫細胞を選択的に抑える改変エクソソームの開発も期待されている。本技術は、がん治療のみならず、さまざまな免疫疾患への応用が見込まれる、と研究グループは述べている。(QLifePro編集部)