体細胞モザイク、一見聞き慣れない言葉ですが、私たちの体に必ず潜んでいます。体細胞モザイクとは、異常な細胞と正常な細胞が入り交じり、それがモザイクアートのように広がっている状態を指しています。がんをはじめ、様々な疾患で見られるだけでなく、正常な組織においても加齢や環境因子への曝露によりDNAに変異を起こした細胞がモザイク状に見られることもわかってきています。正常な細胞からどのようなメカニズムで疾患の発症に至るのか、その仕組みについて最近の研究で徐々に明らかになりつつあります。今、注目される体細胞モザイクについて、最新の研究結果を交えながら解説していきます。

私たちの体に潜む「体細胞モザイク」とは

ヒトの体は卵子と精子が受精してできた受精卵が細胞分裂を繰り返すことで形作られており、その細胞の数は成人において約37兆個あるといわれています。卵子と精子は「生殖細胞」と呼ばれ、それ以外の細胞は「体細胞」と呼ばれます。ヒトは生きている間、絶えず細胞分裂を繰り返しており、その細胞分裂の際にDNA配列はきわめて正確に複製されることから、複製された体細胞のDNA配列は同じであると考えられていました。しかし、近年では、紫外線や炎症、飲酒、喫煙などの環境因子や加齢により、後天的にDNAの損傷が起こることで変異が蓄積されていくことが明らかになってきました。DNAの損傷により増殖に有利な変異を持った細胞が変異細胞として生き残り、正常な細胞と置き換わるところが出てきます。これにより正常な細胞と異常な細胞が入り交じり体細胞のモザイク化が進みます。この状態を「体細胞モザイク」と呼びます。先に述べた紫外線や炎症などの環境要因や加齢は生きていくうえで避けては通ることができません。したがって、体の体細胞モザイク化も避けては通れず、私たちは正常な細胞と変異を持つ細胞が入り交じった状態で生きているのです。

加齢とともに進む体細胞のモザイク化

画像: 加齢とともに進む体細胞のモザイク化

体細胞モザイクと疾患との関係

体細胞モザイクは、がんをはじめ、様々な疾患で見られることがわかっています。後天的にDNA変異が蓄積した細胞がクローン性※1に増殖する疾患の代表としてがんが挙げられます。がんの発生や進行に関与する遺伝子のことをドライバー遺伝子※2と呼び、ドライバー遺伝子変異を獲得したクローンが増殖・拡大することでがんが発生するとされています。しかし、正常な組織においてもドライバー遺伝子変異を獲得した細胞がクローン拡大していることが近年報告されています1)。正常食道の単一細胞に蓄積する遺伝子異常を検証した研究では、遺伝子変異数は加齢に伴い増加し、加えて飲酒や喫煙のリスク要因があると変異の蓄積数が増加することを報告しています2)。その一方で、正常組織でもドライバー遺伝子変異を持つのであれば、何がきっかけでがん化するのか、という疑問が生じます。最新の研究では、ドライバー遺伝子変異を獲得した年代を推定することによって、ドライバー遺伝子変異がどのような順番でいつ頃獲得され、発がんに至るのか、解析できるようになり、「がんの始まり」が徐々に明らかになりつつあります。例えば、京都大学における乳がんの研究では、乳がんとその周りの良性の増殖性病変や正常上皮それぞれのゲノム異常を解析し、系統樹解析を行うことで、がん発症に至るまでに生じたドライバー遺伝子変異の種類や発生の順番を同定しています。その結果、乳がんの起源は、思春期前後に変異を獲得した単一の細胞に由来しており、その細胞が分裂増殖を繰り返し、様々なドライバー遺伝子変異を追加で獲得しながら、正常上皮から増殖性病変、がんに至るまで様々な形態の上皮を形成、(つまり体細胞モザイクを形成)していることを明らかにしています3)

がん以外の疾患では、血液における体細胞モザイクとして、造血細胞がクローン性に増殖することをクローン性造血と呼び、白血病のリスクを高めるだけでなく、心筋梗塞などの心血管障害や慢性腎疾患などのリスクを高めることも報告されています4)。そのほか、双極性障害などの精神疾患5)や、COVID-19の感染リスクを高めること6)、関節リウマチの発症リスクになっている7)などの報告もあります。体細胞モザイクのメカニズムを解明することは、がんをはじめ、様々な疾患の予防や早期診断につながる可能性を持っているのです。

※1 遺伝的に同一の細胞が複製されること。
※2 がんの発生や増殖に直接関与する遺伝子のこと。ドライバーは「運転手」を意味し、がんの増殖をコントロールするという意味合いを持つ。

研究を支える研究技術の進歩

体細胞モザイクに関する研究が進んだのは、研究技術の進歩なしには成し得ません。レーザーマイクロダイセクション法は顕微鏡下で観察しながらレーザーを用いて特定の組織や細胞を精密に切り出し、回収する手法です。この技術により、回収した細胞から微量のDNAを抽出し、解析することが可能となりました。さらに、細胞培養技術の進化により、単一細胞由来のオルガノイドやコロニーを作成することができるようになり、培養により多くのサンプルを得たうえでDNAを抽出し、解析する手法も取り入れられています8)

また、解析技術も飛躍的に進化し、次世代シーケンサー(NGS)を使って全ゲノム情報を一挙に解析することができるようになったことも大きな要因です。一細胞レベルでのDNA抽出が可能となったことや、全ゲノム解析などの解析技術によりゲノムを大量に読む網羅的な解析が実現した結果、体細胞モザイクの研究が飛躍的に進んでいるのです。また、シーケンシングコストも下がっており、より多くの解析を実施しやすくなりました。

第47回シスメックス学術セミナーのご紹介

今年で第47回を迎えるシスメックス学術セミナーでは、体細胞モザイク研究の最前線で活躍されている先生方が一堂に会し、最新の研究成果についてご講演いただきます。神戸に講演会場を設け、講演はリアルタイムで国内外にWEB配信されます。シスメックス学術セミナー特設サイトでは、講演内容をわかりやすく解説した講演要旨を事前に見ることができるうえ、参加申込者の方はセミナーテキストを無料でダウンロードできます。参加費は無料ですので、ぜひご覧のうえ、セミナーへご参加ください。

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―加齢に伴うゲノムの変異とがんの起源―
開催日時:2025年5月31日(土)10:00 - 16:10
開催場所:神戸会場およびWEBライブ配信
https://scientific-seminar.sysmex.co.jp/

画像1: 「体細胞モザイク」の謎
―様々な疾患発症の鍵を握る新たな視点―

シスメックス学術セミナー事務局
(企画/編集/ライティング:「Medical meets Technology」運営事務局)

【引用文献】

  1. 垣内伸之.体細胞モザイクとクローン進化(拡大と陽性選択)の概念.実験医学.2023;41(6):882–887. doi:10.18958/7223-00001-0000394-00.
  2. 横山顕礼.加齢や飲酒に伴う食道上皮の再構築と食道発がん.実験医学.2023;41(6):893–898. doi:10.18958/7223-00001-0000396-00.
  3. 京都大学.乳がん発生の進化の歴史を解明―ゲノム解析による発がんメカニズムの探索―.京都大学 最新の研究成果を知る.(2023年7月28日).
    [https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-07-28](2025年3月25日閲覧)
  4. 南谷泰仁.クローン性造血の原因と影響.実験医学.2023;41(6):888–892. doi:10.18958/7223-00001-0000395-00.
  5. 順天堂大学.双極性障害の病態解明につながるモザイク変異・ミトコンドリア変異の同定―高深度エクソームシーケンスによって明らかになった新たなゲノム構造―.順天堂大学ニュース&イベント.(2023年5月30日).
    [https://www.juntendo.ac.jp/news/00076.html](2025年3月25日閲覧)
  6. 理化学研究所.体細胞モザイクはCOVID-19感染のリスクを高める―77万人を対象にした国際的な大規模解析による成果―.理化学研究所プレスリリース.(2021年6月18日).
    [https://www.riken.jp/press/2021/20210618_1/](2025年3月25日閲覧)
  7. 理化学研究所.日本最大級の体細胞モザイクと関節リウマチの関連解析―高齢発症関節リウマチのリスク因子としてY染色体喪失モザイクを同定―.理化学研究所プレスリリース.(2025年2月22日).
    [https://www.riken.jp/press/2025/20250222_2/index.html](2025年3月25日閲覧)
  8. 吉田健一.単一細胞由来検体を用いた正常組織におけるクローン進化の解析.実験医学.2023;41(6):920–923. doi:10.18958/7223-00001-0000401-00.
画像2: 「体細胞モザイク」の謎
―様々な疾患発症の鍵を握る新たな視点―

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