移植用細胞における未分化幹細胞の混入、解決するには?

慶應義塾大学は9月25日、培養上清中に分泌されるさまざまなmicro RNA()を検出することにより、ヒト人工多能性幹(iPS)細胞から移植用の心筋細胞を作製する工程のモニタリング手法を確立し、また、特徴的なmiRNA検出により、分化後に残存し、移植後に腫瘍化する可能性のある未分化幹細胞混入の有無を簡便に評価することが可能であることがわかったと発表した。この研究は、同大医学部内科学教室(循環器)の遠山周吾専任講師、関根乙矢助教らと、シスメックス株式会社、Heartseed株式会社との共同研究グループによるもの。研究成果は「Stem Cell Reports」に掲載されている。

画像: 画像はリリースより

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重症心不全患者の根本的な治療法は心臓移植のみであるが、圧倒的にドナー不足であり、移植待機期間は延長の一途を辿っている。近年、心臓移植の代替治療として、ヒトiPS細胞を用いた心臓再生医療が注目をされており、長年の研究の末、現在ヒトへの臨床応用が現実のものとなりつつある。一方、臨床応用および産業化にはさまざまな障壁がある。

ヒトiPS細胞から分化した後に未分化幹細胞が残存していると、移植した際に腫瘍化する可能性があるため、残存未分化幹細胞の混入の有無を評価する必要がある。また、心筋細胞移植治療において必要とされる数億個の心筋細胞を作製する際には多くのコストを要するが、心筋細胞が効率よく作製できないケースもあり、その際には心筋細胞を作製した後に廃棄することになってしまう。無駄なコストを抑えるためにも、培養早期の段階で心筋細胞が作製できるか否かを簡便に評価する方法が求められている。しかし、従来の品質評価法は、主に移植用の貴重な細胞の一部を採取し、破壊した上で評価するものだった。

研究グループはこれまでに多層培養プレートを用いて、ヒトiPS細胞から一度に10億個以上の心筋細胞を含む細胞を分化誘導し、特殊な培養液や低分子化合物を用いて未分化幹細胞を除去し、心筋細胞のみを選別する手法を構築してきたが、この手法においても、一部採取のために、すべての細胞を一度培養皿から剥がす必要があり、また一部の細胞の評価では他の移植用細胞に未分化幹細胞が混入している可能性も否定できないため、細胞を破壊することなく全体の細胞の品質を評価する手法の開発が求められていた。

分化状態に応じて発現パターンが変化するmiRNAに着目

研究グループは、細胞内で作られ、細胞外に分泌される20~25塩基の短いnon coding RNAであるmiRNAに着目した。miRNAは、細胞の分化状態に応じて発現する種類が変化することから、廃棄する培養上清中に存在する特徴的なmiRNAを同定し、検出することにより、移植用心筋細胞の品質評価が可能ではないかと考えた。ヒトiPS細胞から中胚葉、心筋分化、成熟化に至る各段階において細胞外に分泌される特徴的なmiRNAを同定し、少量の培養上清からそれらを検出することを目指して研究を実施した。

中胚葉分化、心筋分化、成熟化において特徴的なmiRNA同定

まず、ヒトiPS細胞から心筋細胞を作製する過程における培養上清中のmiRNAに関する網羅的なmiRNAアレイ解析を行い、未分化幹細胞の状態、中胚葉の状態、幼若な心筋細胞の状態、成熟した心筋細胞の状態において培養上清中に分泌されている特徴的なmiRNAを同定した。

具体的には、分化誘導開始を0日目として、培養上清サンプルは-1日目(開始前日)、3日目、5日目、7日目、9日目、21日目、35日目、51日目に採取した。ヒートマップと主成分分析で、培養上清に分泌されたmiRNAプロファイルは、中胚葉分化、心筋分化、成熟化の過程において経時的に大きく変化していたことがわかった。

そこで、中胚葉・心筋分化および成熟過程のモニタリング、さらには残存未分化幹細胞の検出に有用なmiRNAを同定するために、2つの特定の時点における各miRNAの発現比率を評価した。-1日目に対する3日目の比率が高いmiRNAは中胚葉分化のマーカーとして、-1日目に対する7日目(または9日目)の比率が高いものは心筋分化のマーカーとして、9日目(または21日目)に対する51日目の比率が高いものは心筋成熟化のマーカーとして、9日目(または21日目)に対する-1日目の比率が高いものはiPS細胞由来心筋細胞中に残存する未分化幹細胞のマーカーとして抽出した。各過程で最も比率の高いmiRNAの中から、中胚葉分化マーカーとしてmiR-4893p、心筋分化マーカーとしてmiR-1-3pとmiR-133a-3p、心筋成熟化マーカーとしてmiR208b-3p、let-7b-5p、let-7c-5p、残存未分化幹細胞のマーカーとしてmiR-302b-3pを選択した。

中胚葉分化のモニタリングに有用なmiRNAを同定

miR-489-3pが中胚葉分化のモニタリングに用いられるかを調べるために、ヒトiPS細胞から中胚葉分化および心筋分化を行う際に上清中に分泌されるmiR-489-3pの量をRTq-PCRを用いて測定した。中胚葉分化の有無をコントロールするために、分化誘導に必要なGSK3β阻害剤(CHIR99021)、骨形成タンパク質(BMP)4を分化誘導開始日に添加する群(グループH)としない群(グループL)に分けた。中胚葉分化を確認するため、中胚葉マーカーであるBrachyury Tの免疫蛍光染色を行った。

その結果、グループHではほぼすべての細胞がBrachyury Tに陽性で中胚葉分化が確認されたが、グループLでは陽性細胞は認めなかった。その上で、分化過程における上清中のmiR-489-3pの発現量は、グループHでは3日目に急激に増加したが、グループLでは増加は見られなかった。また、外胚葉分化の代表として、ヒトiPS細胞から神経細胞への分化を行ったところ、神経分化過程ではmiR-489-3pの上昇は観察されないことが確認された。さらに、他の中胚葉細胞系の細胞として、ヒトiPS細胞から血管内皮細胞の分化誘導を行ったところ、分化後3日目にmiR-489-3pは有意に上昇することがわかった。これらの結果から、miR-489-3pが中胚葉分化のモニタリングに有用であることを示していることが考えられた。

心筋細胞大量培養時のモニタリングに有用なmiRNAを同定

研究グループはさらに、大型多層培養プレートを用いて、ヒトiPS細胞から心筋細胞を分化誘導し、上清中のmiR-1-3pとmiR-133a-3pのレベルを測定することにより、心筋分化効率の良し悪しが判定できるか否かを評価した。

ヒトiPS細胞から心筋細胞を大量培養する際に培養上清のサンプリングを行い、フローサイトメトリーで心筋トロポニンT(cTnT)陽性細胞の割合を測定し、分化効率が高い群(グループ高:90%以上、94.8±3.0%)と低い群(グループ低:65%未満、49.1±13.3%)の2群に分けた。

培養上清中のmiR-1-3pおよびmiR-133a-3pの発現を評価したところ、グループ高では分化7日目に有意に上昇する一方で、グループ低では明らかな上昇が認められなかった。心筋分化効率と7日目の上清中のmiR-1-3pおよびmiR-133a-3pの発現レベルとの相関の決定係数は、それぞれ0.7466および0.7216であり、強い相関を示していた。このことから、大量培養系においても、分化誘導開始後の早い段階で、心筋分化の良し悪しを非破壊的に区別できることが示唆された。

成熟関連miRNAとしてlet-7c-5pの測定が有用な可能性

ヒトiPS細胞由来の心筋細胞は、長期培養により成熟が促進されることが報告されている。研究グループは、成熟関連マーカーの免疫染色と網羅的遺伝子解析を行い、心筋維持培地での長期培養後に心筋細胞が成熟プロファイルを示すことを確認した。

次に、上清中の成熟関連miRNAを同定するために、miRNAアレイのデータから候補分子として挙げられていたlet-7b-5p、let-7c-5p、miR-208b-3pや、その他let-7ファミリーにつきRT-qPCRを行った。その結果、let-7c-5pの発現が最も経時的に顕著に増加し、また単調増加に近い傾向を示した。このことから成熟度を非破壊的に評価する方法として、上清中のlet-7c-5pの測定が有用である可能性が示唆された。

残存未分化幹細胞関連のmiRNAも同定

研究グループはさらに、分化誘導後17日目のヒトiPS細胞由来心筋細胞に、心筋維持条件下でヒトiPS細胞を0%、0.01%、0.1%の濃度で播種して培養し、上清中のmiR-302b-3pの発現をRT-qPCRで測定した。miR-302b-3pは、0%播種の群でも20日目に上清中に検出されたが、次第に定量限界以下まで減少した。対照的に、0.01%または0.1%播種した群では、miR-302b-3pは上清中に一貫して定量限界以上で検出された。これと一致して、20日目の免疫染色では、それぞれ未分化幹細胞に特異的なマーカーであるOCT4とSSEA4陽性細胞は、0%播種群では検出されなかったが、0.01%播種群では検出された。以上から、培養上清を採取しmiR-302b-3pを測定することで非破壊的に残存未分化幹細胞の有無を検出できることが示された。

iPS細胞由来の移植用細胞の品質評価への応用に期待

研究グループは今回、培養上清中に含まれる各分化段階に特徴的なmiRNAを検出することで、細胞を破壊することなく、廃棄する少量の培養上清を採取するだけで経時的に簡易に評価が可能で、また細胞全体の品質を評価できることを見出した。培養上清中のmiRNAを用いたこの手法は、製造におけるコスト削減のみならず、移植後の有効性や安全性の評価、あるいは他領域におけるヒトiPS細胞由来の移植用細胞の品質評価への応用が期待される。

「ヒトiPS細胞を用いた心筋再生医療の臨床応用が現在、従来の治療では救命困難な多数の心不全患者の元へ、心筋組織移植が実際にスタンダートな医療として提供されるようになるためには、社会実装化・産業化、特に大規模心筋細胞製造における簡便な品質評価という点でまだ課題があるが、心筋再生医療の発展に寄与するものと考えている」と、研究グループは述べている。(

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