前臨床期ADマーカーpT181タウ、どのような脳の病態を反映しているのかは不明だった
国立長寿医療研究センターは6月30日、アルツハイマー病を発症する前段階のプレクリニカル期から血液や脳脊髄液中で増加するリン酸化タウタンパク質が、脳内の神経活動を抑制的に制御するGABA作動性の抑制性神経細胞の軸索変性を反映している可能性を見出したと発表した。この研究は、同センター・研究所・認知症先進医療開発センター・神経遺伝学研究部の廣田湧研究員、榊原泰史研究員、関谷倫子副部長、飯島浩一部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Alzheimer’s Disease」オンライン版に掲載されている。
認知症の最大の原因であるアルツハイマー病は、脳実質へのアミロイドβの蓄積(アミロイド病理)と、神経細胞内へのリン酸化タウタンパク質の蓄積(タウ病理)、そして神経細胞死による脳萎縮を特徴とする進行性の神経変性疾患だ。通常、タウタンパク質は神経細胞の軸索に局在し、細胞骨格である微小管の安定化や軸索輸送等に関与している。タウタンパク質の正常なリン酸化は、それらの生理機能に関わると考えられているが、アルツハイマー病患者の脳では、タウは過剰なリン酸化を受けて神経細胞の中に蓄積している。また、一部のリン酸化タウタンパク質は断片化されて、脳脊髄液中や血液中に放出されることが知られている。
近年、プレクリニカル期のアルツハイマー病を検出する血液バイオマーカーとして、リン酸化タウタンパク質が注目を集めている。中でも181、217、231番目のスレオニン残基がリン酸化されたタウタンパク質(以下、pT181タウ、pT217タウ、pT231タウ)は、アルツハイマー病を高い精度で鑑別診断する。これらのリン酸化タウタンパク質は、アルツハイマー病の初期に起こる脳の病的な変化と関係していると考えられるが、具体的にどのような脳の病態を反映しているのかは明らかではなかった。
2022年に廣田研究員らは、アルツハイマー病発症前から初期のアミロイド病理を再現するアミロイドβ病理モデルマウス(Appノックインマウス)を用いて、血液バイオマーカーであるpT217タウとpT231タウが、アミロイドβ病理モデルマウスの脳にのみ出現し、アミロイド病理が引き起こす興奮性神経細胞のシナプス変性を反映していることを明らかにした。一方で、pT181タウは正常なマウスの脳でも神経細胞の軸索に局在し、アミロイドβ病理モデルマウスではそれらの神経軸索が変性していることを見出し報告した。これらの研究成果は注目を集めたが、pT181タウがどの神経細胞の神経軸索に局在しているのかは明らかにされていなかった。
pT181タウは、GABA作動性抑制性神経の軸索変性を反映の可能性
研究グループは今回、アミロイドβ病理モデルマウスを用いて、pT181タウがどの神経細胞に局在しているかを、各神経細胞を特異的に検出する抗体を用いた免疫染色法により調べた。その結果、pT181タウは、コリン作動性神経やノルアドレナリン作動性神経、グルタミン酸作動性興奮性神経の軸索には局在せず、パルブアルブミンを発現するGABA作動性抑制性神経の軸索に局在することが明らかになった。
さらに、アミロイドβ病理モデルマウスの大脳皮質では、神経の軸索を覆う髄鞘の主要な構成因子であるミエリン塩基性タンパク質(MBP)が減少していることも明らかにした。
以上の結果から、アルツハイマー病の発症前から検出されるバイオマーカーリン酸化タウタンパク質のpT181タウは、有髄神経であるGABA作動性抑制性神経の軸索変性を反映している可能性が示された。
血液バイオマーカーを用いた早期診断法や治療薬開発への貢献目指す
脳内のアミロイドβ蓄積を反映することが報告されているバイオマーカーリン酸化タウタンパク質は、リン酸化される部位によって異なる脳内病理を反映している可能性が考えられる。今回の研究では、アルツハイマー病の発症前・初期の過程で、脳脊髄液や血液中で増加するリン酸化タウタンパク質の一つであるpT181タウが、脳内の神経活動を抑制する神経細胞の変性を反映する可能性が見出された。
「今後、ヒト剖検脳を用いてさらなる解析を進め、血液バイオマーカーを用いた早期診断法や治療薬の開発に貢献していく」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)