脳内にアミロイドβ(Aβ)とタウの2種類のタンパク質が異常に蓄積しているが、認知症の症状はない前臨床期アルツハイマー病の状態にある人では、そのような状態にはない人と比べて腸内細菌叢に違いのあることが、米セントルイス・ワシントン大学神経学教授のBeau Ances氏らの研究で示された。認知症のリスクが高い人を見つけ出す方法や、認知症高リスク者に対する治療法の開発につながる可能性がある研究結果として期待が寄せられている。研究の詳細は、「Science Translational Medicine」6月14日号に掲載された。

腸内細菌叢は消化機能以外にも、免疫防御、ビタミンや抗炎症化合物、さらには脳に影響を与える化学物質の産生など、数多くの身体機能において重要な役割を果たしている。また近年、腸内細菌叢と、心疾患、うつ病、パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患を含むさまざまな疾患との関連について検討した研究が急増している。先行研究では、アルツハイマー病患者の腸内細菌叢には、アルツハイマー病ではない高齢者とは異なる特徴があることが示されている。しかし、そのような違いが前臨床期アルツハイマー病の段階から認められるのかどうかについては不明だった。

Ances氏らは、同大学で実施された研究に参加した、正常な認知機能を有する68~94歳の高齢者164人(男性45%)を対象に、前臨床期アルツハイマー病の人と健常者との間で、腸内細菌叢の組成やその機能に違いがあるのかを調べた。同研究では、全例で脳の画像検査と認知機能検査、腰椎穿刺による髄液採取と便の採取のほか、試験参加者による食事記録が行われていた。

試験参加者の約3分の1(49人)は、脳内にAβとタウの異常な蓄積が認められる前臨床期アルツハイマー病と見なされた。これらの参加者の腸内細菌叢をそれ以外の健常者と比較した結果、前臨床期アルツハイマー病と見なされた参加者では、腸内に存在する細菌の種類や細菌が関与する生物学的プロセスが健常者とは異なっていることが明らかになった。さらに、これらの違いは、Aβとタウの蓄積量とは関連するが、神経変性とは関連しないことも判明した。Aβとタウの蓄積量は認知症状が現れる前に増加し、神経変性は認知スキルが低下し始めたときに明らかになる。

こうした結果からAnces氏は、「われわれは、腸内細菌叢の変化はアルツハイマー病のかなり早い段階から現れることを確認した」と話す。ただし、これだけでは、腸内細菌叢の変化がアルツハイマー病の一因であると証明したことにはならない。脳内でのアルツハイマー病発症へのプロセスが腸内細菌叢を変化させている可能性も考えられる。しかし、もし腸内細菌叢がアルツハイマー病の寄与因子であるのなら、早期アルツハイマー病に対する治療への道も開けてくる可能性がある。例えば、プロバイオティクスや糞便移植によりアルツハイマー病になりやすい腸内細菌叢の状態を変えれば、アルツハイマー病の経過も変化させられる可能性がある。

では、なぜ腸内細菌叢が脳の疾患に関係しているのだろうか。これについては、完全には明らかにされていないが、Ances氏と、今回の研究には関与していない米ノースウェスタン大学フェインバーグ医学部のRobert Vassar氏は、アルツハイマー病を含む多くの疾患では、慢性的な炎症が大きな影響を与えていると考えられていることを指摘する。Vassar氏は、「アルツハイマー病患者の脳に認められるAβやタウなどのタンパク質の異常な蓄積は、慢性的な炎症状態をもたらす」と説明している。一方Ances氏は、一部の腸内細菌が産生する酸や化学物質が腸壁にダメージを与え、本来は腸壁を透過しないさまざまな物質が体内に漏れやすくなる「リーキーガット」という状態が引き起こされることで、腸から炎症性物質が脳へと運ばれ、脳内の炎症が悪化する可能性もあると指摘している。

Ances氏は、腸内細菌叢が問題を引き起こしていると証明されてはいなくても、アルツハイマー病のより早期の診断に役立つ可能性はあると話す。また、最終的には便検査によってアルツハイマー病リスクの高い人を特定できるようになる可能性もあると述べている。(HealthDay News 2023年6月15日)

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