胃がんリスク因子、大規模解析によるピロリ菌感染と遺伝要因の統合評価はなかった

(理研)は3月30日、日本の1万1,000人以上の胃がん患者群と4万4,000人以上の非がん対照群を用いた世界最大規模の症例対照研究を行い、胃がんのリスクに関連する遺伝子の存在とその特徴を示し、それらの遺伝子の病的バリアントがヘリコバクターピロリ()感染による胃がんのリスクへの影響を増強させていることを明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの碓井喜明特別研究員、桃沢幸秀チームリーダー、愛知県がんセンター研究所がん予防研究分野の松尾恵太郎分野長らの研究グループによるもの。研究成果は、「The New England Journal of Medicine」にオンライン掲載されている。

画像: 画像はリリースより

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ピロリ菌感染は、胃がんのリスク因子として広く知られており、ピロリ菌感染を基盤とする胃がんは東アジアで特に多くなっている。胃がんのリスク因子としては、ピロリ菌感染という環境要因のほかに、遺伝要因も知られている。例えば、CDH1遺伝子の病的バリアント保持者は胃がんのリスクが上昇することから、遺伝カウンセリングや予防的胃切除などの対応が検討されるようになってきている。また、研究グループは、乳がんや卵巣がんなどのリスクと関連することが知られているBRCA1・BRCA2遺伝子の病的バリアントが胃がんのリスクと関連することも報告してきた。

しかし、大規模な症例対照研究を通じた解析が不足していたこともあり、多くの遺伝子において、臨床でどのような対応が実際に必要かは明らかになっていない。また、胃がんの発症には遺伝要因と環境要因の双方が影響しているが、病的バリアントと環境要因を大規模に統合した胃がんのリスク評価はこれまで行われてきていなかった。そこで研究グループは、日本の胃がん患者群と非がん対照群における大規模な検体を使用した症例対照研究を通じて、病的バリアントと胃がんのリスクとの関連や病的バリアント保持者の特徴を明らかにし、ピロリ菌感染と組み合わせた胃がんのリスクを評価した。

合計5万人以上のDNAを解析、BBJ検体から関連する9個の遺伝子を明らかに

研究グループはまず、理研で独自に開発したゲノム解析手法を用いて、(BBJ)により収集された胃がん患者群1万426人、非がん対照群3万8,153人、愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)により収集された胃がん患者群1,433人、非がん対照群5,997人(合計で胃がん患者群1万1,859人、非がん対照群4万4,150人)のDNAを解析した。乳がん、前立腺がん、膵がんなどのリスクに関連する27個の遺伝性腫瘍関連遺伝子を評価した結果、BBJの検体では459個、HERPACCの検体では104個の病的バリアントを同定した。

BBJの検体から同定された病的バリアントと胃がんのリスクとの関連解析を実施したところ、・BRCA2を含む合計9個の遺伝子(APC、、CDH1、MLH1、MSH2、、PALB2)が胃がんのリスクに関連していた。遺伝性胃がんの原因遺伝子として知られるCDH1(0.06%)と比較して、他の8個の遺伝子は同等かそれ以上の頻度(0.06〜1.00%)で病的バリアントの保持者が存在していた。

遺伝子ごとに病的バリアント保持者の割合、診断年齢、家族歴が異なる

病的バリアント非保持者の診断年齢の中央値は67.0歳(四分位範囲59.0~73.0歳)であり、6個の遺伝子(ATM、BRCA1、BRCA2、MSH2、MSH6、PALB2)の病的バリアント保持者の診断年齢の中央値は62.0~68.5歳と、非保持者と大きくは変わらなかった。一方、若くして発症することが知られているCDH1に加えて、APCやMLH1の病的バリアント保持者においては、胃がんの診断年齢の中央値は46.5~55.5歳で、10歳近くもしくは10歳以上若い結果となった。これらの結果から、9個の遺伝子の病的バリアントは胃がんのリスクに関連し、遺伝子ごとに病的バリアント保持者の割合や診断年齢に違いがあることが明らかになった。

がんの診療においては、がんの家族歴も大切な情報である。胃がん以外のがんの家族歴と病的バリアント保持に関連があるかを示すため、BBJの胃がん患者の病的バリアント非保持者と病的バリアント保持者における、各がんの家族歴を有する割合を明らかにした。今回の研究で明らかになった9遺伝子のいずれかに病的バリアントを有している人は、胃がん以外にも乳がんや大腸がんといった他のがんの家族歴を多く有している傾向があった。さらに、遺伝子ごとに注目すると、相同組換え修復機能に関わる遺伝子群(ATM、BRCA1、BRCA2、PALB2)の病的バリアント保持者は乳がんの家族歴を、ミスマッチ修復機能に関わる遺伝子群(MLH1、MSH2、MSH6)の病的バリアント保持者は大腸がんの家族歴を有する割合が高いなど、遺伝子ごとに有している家族歴にも違いがあることが明らかになった。

これらのことから、病的バリアント保持者の割合、診断年齢、有する家族歴など、遺伝要因を伴っている胃がん患者においても、遺伝子ごとに特徴が異なっているため、遺伝子ごとに病的バリアント保持者に対して考慮する情報を変える必要があると考えられる。

+ピロリ菌感染でリスク「増」

胃がんの発症には遺伝要因とピロリ菌感染の両方が影響するため、実際のリスクを評価するためには両者を組み合わせることが重要である。次に、HERPACCの胃がん患者群と非がん対照群において、BBJの関連解析で明らかになった9個の胃がん関連遺伝子の病的バリアントとピロリ菌感染情報を組み合わせ、胃がんのリスクについて評価した。その結果、相同組換え修復機能に関わる遺伝子群(ATM、BRCA1、BRCA2、PALB2)の病的バリアントとピロリ菌感染は、胃がんのリスクに対して交互作用を伴っていることが明らかになった。病的バリアントとピロリ菌感染の両方が組み合わさった場合には、それぞれ単独でのリスクを足し合わせた場合より胃がんのリスクが高くなることを示している。ピロリ菌が持つCagAというタンパク質は胃がんの発症母地となる胃の上皮細胞内に注入された後、DNA二本鎖切断や、相同組換えによる精緻なゲノム修復機構の破綻を引き起こし、胃がん発症につながる遺伝子変異の蓄積を誘発することが知られている。遺伝要因として相同組換え修復機能に関わる病的バリアントが既に存在する場合、ピロリ菌CagAのゲノム傷害活性がより強くなり、胃がんリスクがより高くなることが、今回の研究結果の背景をなすメカニズムとして推察される。

最後に、HERPACCにおける相同組換え修復機能に関わる遺伝子群の病的バリアントとピロリ菌感染情報を組み合わせて、85歳時点までの胃がんの累積リスクを算出した。その結果、ピロリ菌陰性の人は病的バリアントの有無にかかわらず、85歳時点での累積リスクは5%未満と高くはなかった一方、ピロリ菌陽性の人は、病的バリアント非保持者では14.4%、病的バリアント保持者では45.5%と大きな違いを認めた。当国際共同研究グループが過去に報告したBRCA1・BRCA2遺伝子の病的バリアント保持者の85歳時点までの胃がんの累積リスクは20%程度だったが、今回の研究で、ピロリ菌感染の有無を考慮することでこれらのリスクをより詳細に分けることが可能になった。相同組換え修復機能に関わる病的バリアント保持者では、ピロリ菌感染の検査や除菌治療を通して、病的バリアント非保持者と比較して胃がんリスクをより顕著に低減できる可能性が示された。

診断の精度向上や治療法開発、予防対策への寄与に期待

今回の研究では、日本の1万1,000人以上の胃がん患者群と4万4,000人以上の非がん対照群を対象とした世界最大規模の症例対照研究を通じて、遺伝要因と環境要因の大規模統合解析を実施した。今回の研究成果により、胃がんのリスクと関連する遺伝子の存在とその特徴や、それらの遺伝子の病的バリアントが存在するとピロリ菌感染による胃がんのリスクがさらに高まることが明らかになった。また、相同組換え修復機能に関わる遺伝子群の病的バリアント保持者は、非保持者と比較して、ピロリ菌除菌により胃がんのリスクをより一層低減させることができる可能性が示された。

「本結果は研究対象となった集団に基づく結果のため、一人ひとりのその他の遺伝要因や環境要因でリスクが異なる可能性がある。また、実際にピロリ菌除菌がどの程度の胃がんの予防効果があるのか、どのタイミングで除菌を行うと良いのかなど、臨床現場に応用するにはさらなる検証が必要である。今後、本研究の成果は、診断の精度向上、原因遺伝子を標的とした治療法開発、より適切な胃がんの予防対策など、胃がんのゲノム医療の構築に寄与するものと期待できる」と、研究グループは述べている。(

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