治療標的となる分子が存在しないTNBC、乳房温存療法は未確立
東京工業大学は2月17日、難治性で悪性度の高いトリプルネガティブ乳がん(TNBC)において、乳腺に常在するマクロファージを枯渇・阻害することで、がん細胞の再発・転移を抑制できることを見出したと発表した。この研究は、同大生命理工学院生命理工学系の近藤科江教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。
乳がんは、2020年時点で女性のがん罹患率、死亡率ともに世界1位となっている。中でもトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、他の乳がんサブタイプと比較して術後の早期再発とその後の遠隔転移の頻度が高く、予後が最も悪い。また、TNBC細胞は性質が極めて不均一で、治療標的となる特異的な分子が存在しないため、薬剤を使った治療でTNBC細胞を死滅させることが難しく、再発や転移を防ぐためには乳房全体を摘出する全摘手術が推奨される状況にある。その他の治療法として乳房温存療法があり、乳房温存療法を施した患者は、乳房全摘手術後に再建手術を受けた患者と比較して、より良好な社会心理的・性的健康を得られるというメリットがある。乳がん患者のQuality of life(QOL)の観点から乳房温存療法が確立されることが望ましいが、再発・転移リスクが無視できないため、乳房温存療法を推進する有効な治療法の開発が求められている。
モデルマウスにマクロファージ阻害薬投与で、肺や肝臓への遠隔転移を顕著に抑制
多様なマクロファージがある中で、研究グループは乳腺組織に常在するマクロファージが乳がん細胞の増殖の初期段階を手助けしていることを見いだし、がん細胞には作用しないマクロファージ阻害薬(CL)を用いて、乳腺に常在するマクロファージを死滅させたところ、TNBC増殖が顕著に抑制された。この実験結果をもとに、TNBCの術後再発および転移に対するマクロファージ阻害の影響を検討した。具体的には、まずマウスの乳房にTNBC細胞を移植後、腫瘍の大きさが1cmに達したとき、その95%を切除し、乳がんの再発モデルとした。そのモデル(各治療群8匹)を用いてTNBCの増殖および他の臓器の転移におけるマクロファージ阻害の効果を検討したところ、マクロファージ阻害によって、TNBCの増殖および肺や肝臓への遠隔転移が顕著に抑えられることがわかった。さらに、汎用されている抗がん剤と併用して、マクロファージとがん細胞を同時に攻撃したところ、さらなる抑制効果が観察された。
これらの結果より、「乳腺に常在するマクロファージが腫瘍の増殖や悪性化の手助けをすること」と「TNBC腫瘍の摘出手術時にマクロファージを阻害することで、抗がん剤の再発治療効果が大幅に増強されること」を見いだした。
がん細胞自体ではなく、増殖を助ける組織常在性マクロファージを標的にする新規治療法
今回の研究で見出された、マクロファージ阻害によるTNBCの再発および転移抑制手法を確立することができれば、乳房全体を切除することなく、悪性腫瘍のみの除去にとどめた治療が可能となることが期待される。現在、有効な治療法がなく、再発やそれに伴う遠隔転移による死亡リスクが高いTNBCに対し、より効果的に再発を抑制する治療法の開発を推進する研究成果である。また、乳房温存療法を選択しやすくする治療法の確立に大きく貢献し、乳がん患者のQOLの改善につながることが期待される。
またこの研究成果は、がん細胞自体を攻撃するのではなく、がん細胞の増殖を助ける組織特異的な組織常在性マクロファージを標的にする治療法を提案している点に新規性がある。乳房以外の組織にも常在マクロファージが存在しているため、マクロファージ阻害の悪性腫瘍増殖抑制効果は他の臓器・組織のがん治療・予防にも役立つと考えられる。すなわち、現在有効な治療法がない他の臓器のがんにおいても、同様のアプローチで抗がん剤の治療効果を高める可能性があり、難治性がんの治療法に新たな道を開くことが期待される。
「本研究で用いたマクロファージ阻害剤は、組織特異性はなく汎用性のマクロファージ阻害剤である。一方で、マクロファージには多くのサブタイプがあり、中には抗腫瘍機能を持った有用なマクロファージもある。今後の研究で、腫瘍増殖を助けるマクロファージのサブタイプを特定し、そのマクロファージにのみ働く特異的な阻害剤を開発することで、より効果が高く、副作用のない治療薬の創製が期待できる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)