多因子疾患の心房細動、疾患発症につながる遺伝子や関連メカニズムの解明は十分ではない
理化学研究所(理研)は1月19日、大規模なゲノムデータから心房細動のゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、疾患の遺伝的基盤に基づく新しい知見を明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チームの伊藤薫チームリーダー、宮澤一雄訪問研究員、東京大学大学院医学系研究科の小室一成 教授、野村征太郎特任助教、伊藤正道特任助教、新領域創成科学研究科の鎌谷 洋一郎教授、京都大学大学院医学研究科の沖真弥特定准教授、国立長寿医療研究センターの尾崎 浩一 メディカルゲノムセンター長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Genetics」にオンライン掲載されている。
心房細動は、心筋細胞の異常な電気的興奮による不規則で速い心臓の拍動から、動悸や息切れの症状を呈する不整脈である。高齢化社会に伴い有病率は増加しており、また心臓の機能低下や血栓形成による心不全や脳梗塞などを引き起こすことから、心房細動に対する診療の向上は医学的また医療経済的に重要な問題になっている。
心房細動は環境要因に遺伝要因も加わった多因子疾患であることが知られており、近年は大規模なコホートデータを用いたGWASにより、多くの疾患感受性座位が同定されてきた。しかし、これら疾患感受性座位の多くがタンパク質をコードしないノンコーディング領域に存在するため、疾患発症につながる遺伝子やその転写制御に関するメカニズムは十分に解明されていない。さらに、GWASなどのゲノム解析の結果は実際の臨床診療に反映されていないのが現状である。
日本人とヨーロッパ人のGWASをメタ解析、新しい疾患感受性座位を同定
そこで研究グループは、バイオバンク・ジャパンのデータを用いた心房細動GWASに加えて、2018年に報告されたヨーロッパ人の心房細動GWASとフィンランド人のFinnGenコホートで報告されたGWASを組み合わせたメタ解析を行った。そこにエピゲノムやトランスクリプトームのデータを統合して、心房細動に関連する遺伝子やその転写制御の解明を試みた。さらに、メタ解析の結果から疾患予測に有用な遺伝的リスクスコア(PRS)を構築し、心房細動に関連するさまざまな病態との関連解析を行うことで、PRSが臨床実装に資する性能を持つか評価した。
まず、研究グループはバイオバンク・ジャパンのデータから約15万人の臨床データとゲノムデータを用いて、日本人を対象とした心房細動のGWASを行い、以前のGWASで検出されなかった5つの疾患感受性座位を同定した。この中には、ヨーロッパ人では報告されていない遺伝的多型(バリアント)が含まれており、特にSYNE1遺伝子の近傍に位置するバリアントはSpliceAIというアルゴリズムを用いた解析で、SYNE1遺伝子のRNAスプライシングに関わることが予測された。SYNE1遺伝子は核膜と細胞質の構造に重要な核膜タンパク質をコードしており、その遺伝子異常は拡張型心筋症で報告されていることから、心房細動と拡張型心筋症に共通した疾患発症メカニズムが推測された。そこでこの結果に、ヨーロッパ人で最大となるGWASとフィンランドの大規模ゲノムコホートであるFinnGenのデータを用いたGWASを組み合わせた民族横断的GWASのメタ解析を実施し、33の新しい座位を含む150の疾患感受性座位を同定した。
遺伝子発現量からIL6Rを含む炎症反応のプロセスが疾患病態に関わっていると示唆
続いて、これらの疾患感受性座位がどの遺伝子を介して心房細動の発症につながるかを調べるため、各組織での遺伝子発現量をまとめた国際プロジェクトGTExのデータベースを用いて、トランスクリプトームワイド関連解析を実施した。心臓の左心耳(左心房内にある袋状の構造をした心筋組織)と左心室における遺伝子発現量を用いた解析では、それぞれ132の遺伝子、127の遺伝子が心房細動と有意な関連を認めた。この中には、以前から関連遺伝子と報告されているイオンチャネル(細胞の生体膜にあるタンパク質で、イオンを透過させることで心筋細胞の電気的興奮が発生する)や転写因子の遺伝子に加えて、免疫反応に関わるIL6R遺伝子が含まれていた。この結果から、IL6R遺伝子を含む炎症反応のプロセスが疾患の病態に関わっていることが示唆された。
ChIP-seqデータから転写因子ERRgと得られた疾患感受性座位との関連を発見
次に、心房細動の関連遺伝子の発現調整に関わる転写因子を同定するため、1,028の転写因子に対するChIP-seqの実験データを集積したChIP-Atlasのデータベースを使用した。各転写因子の結合部位を調べた1万5,109のChIP-seqデータとGWASの結果から得られた疾患感受性座位のデータからエンリッチメント解析を行い、転写因子ERRgが心房細動の疾患感受性座位と有意な関連を認めた。ERRgが関連遺伝子の発現に関わっているかを調べるため、実際にiPS細胞由来の心筋細胞を用いた機能解析も行った。ERRgのインバースアゴニスト(逆作動剤)を投与したiPS心筋細胞では、イオンチャネルをコードするCAML2遺伝子、HCN4遺伝子、KCND3遺伝子、KCNH2遺伝子、KCNJ5遺伝子、KCNN2遺伝子、KCNN3遺伝子、またサルコメア(筋肉が収縮する一つの単位)を構成するNEBL遺伝子とTTN遺伝子の発現量が有意に低下した。
心房細動の予測に有用なPRSを構築、脳梗塞とも有意に関連
最後に、GWASの結果を用いて疾患の予測に有用なPRSの構築を行った。PRSは導出元のGWASによってその性能が大きく異なるため、今回の研究で利用した3つのコホートに対して単独もしくは複数のメタ解析をした計7パターンのGWASからPRSを導出した。その結果、単民族(単独コホート)のGWASから導出したPRSは性能評価を行う集団と一致していればサンプルサイズによらず性能が高いことがわかった。また、単民族のGWASから導出したPRSに比べて、多民族(メタ解析)のGWASから導出したPRSは予測性能が高く、さらにサンプルサイズが最も多くなる3つのコホートのメタ解析から導出したPRSが最も高い予測性能を示すことがわかった。
さらにPRSの特性を調べるため、心房細動と関連する病態とPRSの関連解析を行った。最も性能の良かったPRSをバイオバンク・ジャパンの心房細動サンプルに適用したところ、PRSと心房細動の発症年齢で相関が認められ、PRSが高くなるほど心房細動の発症年齢が若くなることがわかった。次に、心房細動と診断されていないコントロールサンプルにPRSを適用したところ、PRSが脳梗塞と有意な関連を示した。特に、心原性脳梗塞とPRSの間で強い関連が認められた。これは、心房細動のPRSが臨床的に診断されていない潜在性の心房細動や血栓形成を引き起こすような病態を予測していると推測された。そして、バイオバンク・ジャパンのサンプルの長期フォローアップデータを用いて心房細動のPRSと予後の関連解析を行った。その結果、心房細動のPRSと心血管疾患による死亡に有意な関連が示され、特に脳梗塞による死亡と強い関連があることがわかった。
病態を示すバイオマーカーや治療ターゲットの開発に期待
今回の研究は大規模なゲノムデータを用いた解析に加えて、遺伝子発現や転写因子のデータを組み合わせることで、心房細動の発症に関連する新しい遺伝的基盤を明らかにした。これらの結果は、疾患の病態を示すバイオマーカーや新しい治療ターゲットの開発につながると期待できる。
さらに、ゲノムデータに基づいたPRSは疾患予測に限らず、さまざまな病態や予後の予測に有用であることが示された。「今後、ゲノム解析の結果を実際の診療に応用することで、個人の病態に応じた精密化医療の実現に貢献すると期待できる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)