運動による脳保護の仕組み、「細胞間ミトコンドリア移行」の視点で解析
順天堂大学は1月19日、運動によって骨格筋で増加したミトコンドリアが、血小板を介して脳へ運ばれるという新しい生体防御機構を明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部神経学講座・健康総合科学先端研究機構の稲葉俊東特任助教、同大大学院医学研究科神経学の宮元伸和准教授、服部信孝特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「MedComm」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
脳梗塞に対しては、血栓回収療法や血栓溶解療法といった急性期治療が大きな効果を示しているが、これらは発症から限られた時間内にしか適用できない。そのため、多くの患者では急性期以降、後遺症を軽減するための対症的な治療やリハビリテーションが中心となる。一方、日本を含む多くの国が超高齢社会を迎える中で、サルコペニア(加齢に伴う筋肉量低下)やフレイルは、脳卒中後の機能回復を妨げる重要な因子と考えられている。運動が脳卒中の予防や回復に有効であることは知られていたが、その分子・細胞レベルでの仕組みは十分に解明されていなかった。近年、細胞間でミトコンドリアが移動し、障害を受けた細胞を保護する「細胞間ミトコンドリア移行」という新しい概念が注目されている。今回の研究では、運動によって増加した骨格筋由来のミトコンドリアが、血液中をどのように移動し、脳虚血病態にどのような影響を与えるのかを詳細に解析した。
低強度の運動を行ったマウス、脳梗塞が縮小し認知機能も改善
研究では、マウスを用いた慢性脳低灌流モデル(白質障害・認知機能障害モデル)および急性脳梗塞モデルを用い、低強度のトレッドミル運動が脳虚血に与える影響を検討した。
その結果、運動を行ったマウスでは、白質障害やミエリン脱落の進行抑制、記憶障害や運動障害の改善、脳梗塞縮小効果、神経炎症の抑制と、保護的アストロサイトの維持が認められた。
運動で増加した骨格筋由来ミトコンドリア、血小板に取り込まれ脳内細胞へ
さらに解析を進めたところ、運動によって骨格筋内のミトコンドリア量と機能が増加し、それらが血液中に放出され、血小板に取り込まれていることが明らかになった。血小板は脳虚血部位に集積する性質を持つため、運動で増加したミトコンドリアが血小板によって脳へ運ばれている可能性が示された。
筋肉内のミトコンドリアを蛍光標識して追跡したところ、蛍光シグナルは血液中では主に血小板内に存在した。脳虚血部位では、アストロサイト、オリゴデンドロサイト系細胞、神経細胞、血管内皮細胞に取り込まれていることが確認された。
ミトコンドリア移行は脳内細胞間の恒常性や炎症制御に関与
培養細胞を用いた解析では、骨格筋由来ミトコンドリアが、虚血環境下での神経細胞の生存を促進し、オリゴデンドロサイトの成熟を促し、白質環境を維持することと同時に、炎症性アストロサイトへの変化を抑制し、保護的アストロサイト表現型を維持することが確認された。これらの結果から、ミトコンドリア移行は単なるエネルギー供給にとどまらず、脳内細胞間の恒常性維持や炎症制御にも関与していると考えられる。
「富ミトコンドリア血小板」の投与で、運動と同等の脳保護効果を確認
さらに、運動負荷を行った動物から採取した血小板(ミトコンドリアを多く含む)を別の虚血モデルマウスに投与すると、慢性脳虚血モデルにおいては、白質障害および認知機能障害の進行抑制、急性期モデルにおいては脳梗塞体積の縮小と脳梗塞後の運動機能回復が再現され、運動の保護効果の本体が血小板由来ミトコンドリアであることが強く示唆された。
ミトコンドリアが分泌因子となる新視点、脳卒中やフレイル対策への応用に期待
今回の研究は、運動が脳を守る仕組みとして、従来注目されてきたマイオカインやサイトカインに加え、「ミトコンドリアそのものが分泌因子として働く」という新しい視点を提示した。この知見は、脳卒中後遺症の軽減・血管性認知症の予防・高齢者におけるフレイル・サルコペニア対策といった分野への応用が期待される。また、運動が困難な患者に対しても、血小板由来ミトコンドリアを用いた新規治療戦略につながる可能性がある。
「今後は、ヒトにおける検証や、安全性・有効性を評価する臨床研究を進めることで、脳卒中治療および予防の新たな選択肢としての実用化を目指す」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)


