疾患修飾薬やバイオマーカー開発のターゲットとして注目を浴びているのが、アミロイドβ※2である。
本記事ではアミロイドβについて、アルツハイマー病とのかかわりやバイオマーカーとしての活用、治療薬開発促進への期待について紹介する。
※1 疾患の根本(原因)に介入し、疾患の進行を抑制する治療薬である。
※2 脳内で作られるタンパク質の一種である。
アルツハイマー病の発症にかかわる2種のタンパク質
認知症のなかでも最も割合の高いアルツハイマー病。その発症メカニズムや病態進行の仕組みについてはまだ十分に解明されていないが、アルツハイマー病患者では、脳が萎縮し、大脳皮質を顕微鏡で見ると「老人斑」と呼ばれるシミのようなものや、「神経原線維変化」という異常な線維が見られることが特徴である1)。
老人斑はアミロイドβが蓄積したもの、神経原線維変化はリン酸化という化学的に修飾を受けたタウ※3が線維を形成し蓄積したもの1)で、「アミロイドβ」、「タウ」というタンパク質がアルツハイマー病の発症にかかわっていると考えられており、治療や予防の標的として各国で研究が進んでいる。
アミロイドβとタウのアルツハイマー病への関与について次に述べる。
※3 神経系細胞の微小管に結合する、軸索内の信号伝達に関わるタンパク質である。
アミロイドβ蓄積を起点とする発症メカニズムとは
アルツハイマー病の発症メカニズムについては、次のような仮説が提唱されている1)~3)。まず、脳の神経細胞の細胞膜に存在するアミロイド前駆体タンパクが分解されてアミロイドβが産生され、蓄積したアミロイドβが神経細胞にダメージを与える。さらにリン酸化タウが線維を形成し、神経細胞の中に蓄積することで神経原線維変化が生じる。この蓄積したアミロイドβと神経原線維変化により神経細胞が傷害を受けて死滅していくことで脳が萎縮し、アルツハイマー病を発症するというものである。
アミロイドβの蓄積を起点とし、それに続くリン酸化タウによる神経原線維変化の形成が神経細胞死を引き起こすという一連の流れを「アミロイドカスケード仮説」といい、アルツハイマー病発症メカニズム仮説のなかで最も広く支持されている2)。
ただし最近では、アミロイドβの蓄積とリン酸化タウによる神経原線維変化は独立して並列的に生ずる病変であるといった仮説も出てきており3)、4)、今後のさらなる解明が待たれる。
アルツハイマー病発症の何年も前からアミロイドβとタウが蓄積していた
アルツハイマー病の病態で注目すべき点は、アミロイドβの蓄積やリン酸化タウが線維化し蓄積する神経原線維変化といった病態生理変化が、アルツハイマー病を発症する何年も前から始まっているということである。アミロイドβ蓄積は発症の約20年前から、神経原線維変化は約10年前から起こり始めているといわれている3)。発症時にはアミロイドβはすでにほぼ飽和状態にあり、この状態で治療介入しても変性・死滅した神経細胞は元には戻らず、このような背景も疾患修飾薬の開発が難航する要因の一つと考えられている3)。そのため、疾患修飾薬の開発においては、認知症発症前の早期段階からの治療介入が有用である可能性が提唱されており5)、認知症発症前の段階で、アルツハイマー病の病態生理変化を検出できるバイオマーカーが必要だとされる6)。実際に近年では、日常生活は自立していて認知症の基準は満たさないものの、認知機能の持続的な低下を有する軽度認知障害の人を対象とした臨床試験が複数の薬剤で実施されている5)。
早期診断に向けた検査技術の進化
アミロイドβの蓄積やリン酸化タウによる神経原線維変化といったアルツハイマー病の脳の病態生理について、以前は死後の解剖などでしか確認できなかったが、近年の目覚ましい技術開発により、PET(Positron Emission Tomography)検査における画像化や脳脊髄液での測定が可能となり注目されている。
アルツハイマー病患者の脳脊髄液中では、アミロイドβ42※4が低下し、総タウ※5、リン酸化タウが上昇するパターンを示す7)。この特徴的な変化を「アルツハイマーパターン」といい7)、脳脊髄液中のアミロイドβ42や総タウ、リン酸化タウを測定することは診断に有用とされている。実際に大規模研究において診断バイオマーカーとしてのエビデンスが示されており、アミロイドβ42単独での診断における感度は79~96%、特異度は77~89%と報告されている8)~12)。アミロイドβ42と総タウまたはリン酸化タウを組み合わせることでさらに診断の正確度を上げることが可能である(感度60~92%、特異度47~93%)8)~12)。また、軽度認知障害の人がアルツハイマーパターンを呈する場合には高率にアルツハイマー病に移行することも報告されている9)。
これらのエビデンスから、臨床症状だけでなく、脳脊髄液バイオマーカー所見を参考にすることで診断精度の向上や早期診断の実現が期待されている。米国国立老化研究所(NIA)とアルツハイマー病協会(AA)のワークグループ(以下、NIA-AA)による研究用診断基準13)や、国際ワーキンググループによるアルツハイマー病先端研究診断基準(IWG-2診断基準)14)には、脳脊髄液バイオマーカーが組み入れられており、脳の病態生理変化を考慮して診断する考え方が導入されている。
※4 アミロイドβのうちアミノ酸が42個結合したペプチドである。
※5 脳髄液中に含まれる総タウタンパク質量である。
アミロイドβを活用した臨床試験
疾患修飾薬の開発に向けた臨床試験においても、アミロイドβなどのバイオマーカーが取り入れられている。疾患修飾薬の開発は世界各国で活発に行われているが、薬剤の効果を正確に検証するためには、臨床試験における適切な対象患者の選定や効果判定のための評価項目の設定が重要となる5)。しかし、これまで行われてきた臨床症状を中心とした方法では対象患者の選定や有効性評価が難しい場合もあり、病態生理変化を反映したバイオマーカー活用への期待が高まっている。
例えば、臨床試験では認知症以外の原因による認知機能障害を除外し、アルツハイマー病変を有する人を同定する必要があるため、バイオマーカー測定を組み入れることでより適切な選定が可能だと期待されている。また、有効性においても、認知機能検査や日常生活活動度(Activities of Daily Living:ADL)尺度による臨床症状評価のほかに、バイオマーカーを評価することは、薬効を説明する上で有用だと考えられている5)。
2021年6月には米国で、世界初のアルツハイマー病疾患修飾薬「アデュカヌマブ」が迅速承認を取得した。臨床試験の対象者は、アミロイドβの蓄積が確認されたアルツハイマー病の初期段階(軽度認知障害、軽度認知症)の人である15)。承認の根拠の1つとして、臨床試験でアミロイドPETや脳脊髄液の検査を実施したところ、脳内のアミロイドβが減少したことが挙げられている16)。
バイオマーカーを用いた適切な患者選定や有効性評価により、今後ますます疾患修飾薬の開発が進んでいくことが予想される。
求められる新たなバイオマーカーとは
これまで説明してきたように、脳脊髄液バイオマーカーはアルツハイマー病の診断や臨床試験においてその有用性が確立されつつある。しかし、その一方で測定方法の違いによる測定結果の相違、同一の測定方法を用いた場合でも測定施設間・評価者間で測定結果のばらつきがあることが指摘されている5)、8)。また脳脊髄液採取のために腰椎穿刺を行わなければならず、身体的負担が大きい点も課題である5)。
脳のアミロイドβ蓄積を画像化するアミロイドPET検査も診断に有用だとされているが、検査実施可能施設は限られており、検査費用が高額となる場合がある5)、8)。
こうした状況の下、簡便で侵襲性の低いバイオマーカー実用化への期待が高まっている。最近では血液バイオマーカーの開発が進んでおり、有望な結果が報告されている。本サイトの運営会社であるシスメックス株式会社もエーザイ株式会社と共同で血液バイオマーカーの開発を進めており、血漿中の脳由来アミロイドβを測定することで、脳内に蓄積しているアミロイドβを把握できる可能性が示唆されている17)。将来的には、こうした血液バイオマーカーが臨床診療や治験など幅広い範囲で活用されるだろう。
アルツハイマー病の疾患修飾薬開発への期待は大きく、成功すれば発症早期あるいは発症前から治療に介入することが可能となるだろう。臨床現場で疾患修飾薬を適切に使用するためには、その対象となる患者の見極めが必要となり、アミロイドβなどのバイオマーカーを用いた早期発見・診断がますます重要となる。信頼性が高くかつ簡便な早期診断バイオマーカーの確立が望まれる。
アルツハイマー治療を考える
引用文献
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[https://www.sysmex.co.jp/news/2019/191209.html](11月18日閲覧)
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