
歩行機能低下と認知症発症リスク上昇の背景メカニズム整理-都長寿研ほか
歩行機能の低下は認知症リスクのサイン?
東京都健康長寿医療センターは8月25日、高齢期の歩行機能低下とアルツハイマー型認知症(AD)を含む認知症発症との関連について、その背景要因を整理した総説を発表したと報告した。この総説は、同センター研究所の桜井良太専門副部長と、ウエスタン大学(カナダ)のManuel Montero-Odasso教授らの共同研究グループがまとめたもので、「Geriatrics & Gerontology International」に掲載されている。

近年、歩行は単なる運動機能ではなく、高齢者の全身状態や脳の健康を反映する重要な指標として注目されている。特に、歩行速度の低下や歩行の変動性の増大は、認知症発症リスクの上昇と関連することが報告されている。これまでの研究では、歩行機能の低下を示す高齢者では、認知症発症リスクが約1.2〜2.3倍高いことが示されている。
また、歩行機能が低下している高齢者では、ADに関連する病理変化であるアミロイドβやタウの蓄積、海馬萎縮などがみられることも報告されている。ただし、歩行機能低下はADに特異的な症状ではなく、血管性認知症、レビー小体型認知症、パーキンソン病、フレイル、整形外科疾患など、さまざまな病態でも生じる。そのため、歩行機能低下と認知症発症の関連を理解するには、「歩行機能低下がADを直接引き起こす」と単純に捉えるのではなく、血管性要因、身体活動、神経変性、生活習慣、加齢による身体機能低下などを含めた包括的な視点が必要だ。
歩行障害とADの病理を繋ぐ「4つの背景要因」
今回の総説では、歩行機能低下とAD関連病理の関係について、既存研究を整理した。その結果、研究間で多少の結果の違いはあるものの、歩行機能低下はアミロイドβ、タウ、神経変性、海馬萎縮などのAD関連病理と関連する可能性が示された。
一方で、これらの関連はADに特異的なものとは限らず、血管病変や全身性の健康状態などが影響している可能性もある。そこで本総説では、歩行機能低下とAD関連病理の関連を説明しうる背景要因として、以下の4つの観点を整理した。
1. 共通するリスク要因
認知症のリスクを高める生活習慣や健康状態の中には、歩行機能の低下にも関わるものがある。例えば、心血管疾患、身体不活動、肥満、喫煙、抑うつなどは、認知機能と歩行機能の両方に影響する可能性がある。特に心血管疾患や脳小血管病は、脳血流や白質のネットワークに影響し、認知機能だけでなく歩行制御にも関わることが知られている。したがって、歩行機能低下と認知症発症の関連の一部は、両者に共通する血管性・生活習慣性の背景要因によって説明される可能性がある。
2. AD関連病理が歩行機能に影響する可能性
ADに関連する病理変化は、認知症の症状が明らかになる10〜20年前から進行していると考えられている。アミロイドβやタウの蓄積、神経細胞の障害、海馬萎縮といったADに関連する病理変化は、記憶に関わる領域だけでなく、運動制御や認知と運動の統合に関わる神経ネットワークにも影響する可能性がある。そのため、明確な認知機能障害が現れる前に、歩行速度の低下など、微細な歩行機能の変化が表れる可能性がある。ただし、歩行機能低下をAD関連病理の直接的な診断指標とみなすには、現時点では十分な証拠があるとは言えない。
3. 歩行機能低下に伴う要因が脳の健康に影響する可能性
フレイル、筋力低下、関節疾患などにより歩行機能が低下した場合、身体活動量が減少する可能性がある。身体活動の低下は、脳血流の低下、炎症、血管機能の低下、神経栄養因子の減少などを通じて、脳の健康に影響すると考えられている。また、歩行機能が低下した状態で歩き続けることにより、通常よりも多くの認知的・神経的資源を使って歩行を補償している可能性もある。このような補償的な脳活動が長期的にAD関連病理に影響する可能性も提案されているが、この点は現時点では仮説段階であり、今後の検証が必要だ。
4. 幼少期からのライフコース要因
近年、歩行機能と認知機能の関係は高齢期だけで形成されるものではなく、幼少期から中年期にかけての健康状態や生活環境の影響を受ける可能性が指摘されている。長期縦断研究では、45歳時点で歩行速度が遅い人は、小児期の認知機能が低く、中年期の認知機能低下も大きい傾向があることが報告されている。このような知見は、幼少期の経験や発達環境が、老年期の歩行機能や認知機能に対する「脆弱性」や「回復・維持する力」に影響する可能性を示している。つまり、歩行機能と認知機能は別々の機能ではなく、生涯にわたる脳と身体の健康状態が反映された相互に関連する指標と考えられる。
歩行機能の定期評価と人生の早い段階からの包括的予防が鍵
今回の総説は、歩行機能低下と認知症発症の関連を、単一の原因で説明するのではなく、複数の背景要因が重なり合う現象として整理した点に意義がある。多くの場合、歩行機能低下はAD関連病理を直接促進する原因というよりも、脳や身体の健康状態を反映する表現型、すなわち非認知的なサインである可能性がある。そのため、歩行機能を定期的に評価することは、高齢者の健康リスクを早期に把握するうえで有用と考えられる。
ただし、歩行機能低下だけで認知症やADを診断できるわけではない。歩行機能は、神経疾患、血管病変、筋力低下、関節疾患、感覚機能低下、身体活動量など、さまざまな要因の影響を受ける。そのため、歩行機能に変化が認められた場合には、認知機能だけでなく、身体機能、生活習慣、血管リスク、心理状態、社会的環境などを含めて総合的に評価することが重要だ。
「今回提案した複数のメカニズムは、相互に独立したものではなく、重なり合い、相互作用している可能性がある。したがって、認知症の発症を遅らせ、健康な高齢期を支えるためには、高齢期だけでなく人生のより早い段階から、身体活動、生活習慣、血管リスク、心理社会的健康を包括的に捉える視点が必要」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部新規ウィンドウを開きます)
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