有効性の高い治療法が存在しないNASH、進行度合いは個人差も大きい

東京医科歯科大学は10月14日、個々の人間の状態を模倣した集団オルガノイドパネルを構築し、)における個体差を規定する複雑な遺伝的多型の役割を解明したと発表した。この研究は、同大統合研究機構の武部貴則教授、シンシナティ小児病院の木村昌樹リサーチアソシエイトらの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell」にオンライン掲載されている。

画像: 画像はリリースより

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近年、日本においても、多量の飲酒歴が無いにも関わらず肝臓に脂肪が蓄積してしまう非アルコール性の脂肪性肝疾患()が急増している。NAFLDの中でも、NASHと呼ばれる状態に至ると、肝臓の炎症や線維化を伴うことが知られ、しばしば肝硬変や肝がんを引き起こすことから、早期の段階での治療介入が必須と考えられている。日本を含めて世界的に有病率のさらなる増加が見込まれているが、NASHの発症メカニズムには不明な点が多く、有効性の高い治療法が存在しないことが大きな問題となっている。一方で、NASHの進行度合いには大きな個人差があることが知られており、どのような患者で病態が進行しやすいのかを解明することが急務である。

複数人に由来するオルガノイド、シャーレ上でNASH状態を模倣して固有の環境要因を排除

一方で、ゲノムワイド関連解析(GWAS)の進展により、莫大な患者のデータを集めることで、NASHに関してもさまざまな遺伝型多型が報告されてきた。しかし、NASH等の後天要因の影響が大きい疾患においては、患者ごとに生活環境の貢献度合いは必ずしも一定では無いため、遺伝形質の解釈に議論が分かれており、十分なメカニズムの理解には至らないというジレンマがあった。

そこで、研究グループは、多因子疾患の病態と強く相関する遺伝構造を抽出する上で、人間そのものではなく、それぞれの人間より作成したヒト肝臓オルガノイドを用いることが有益と考え研究戦略を立案した。すなわち、シャーレ上で擬似的にNASH状態を模倣することで、全く一定の外部環境下で複数名に由来するオルガノイドを比較検討する手法を確立しで、固有の環境要因を排除した上でオルガノイド間の疾患形質における個体差を抽出し、NASHに関する遺伝構造の解明を試みた。

24名由来のオルガノイドを一括して解析しさまざまな遺伝素因を同定

まず、ゲノム情報を取得した24名の人間に由来するiPS細胞を作成し、同研究グループらが2019年に報告した手法を起点に、ヒト肝臓オルガノイドの作成手法の改良を行った。得られた手法を用いることで、同一のシャーレ上において、24名の個人に由来するヒト肝臓オルガノイドが同時に出現する培養技術を確立した。次に、脂肪酸やインスリン含有量を調節することで、擬似的に非アルコール性脂肪性肝炎を発症する培養条件を開発し、集団由来のNASHオルガノイドパネル(Population organoid Panel)を構築した。またこのNASHオルガノイドにおいては、インスリンに対する感受性が減弱していることを見出した。

得られた集団由来NASHオルガノイドパネルを用いて、脂肪肝に関する表現型と、元々の個人における遺伝子型の相関解析を実施した結果、従来のGWAS研究によって明らかとなっていた遺伝的多型を見出すことができた。ヒトを対象とした従来のゲノム研究では莫大な患者のデータが必要だったが、本研究では24名というわずかな集団でゲノム素因を解析することができた。

議論の分かれるGCKR遺伝的多型、糖尿病の合併の有無によって抑制・促進のどちらにも

さらに、見いだされた遺伝的多型の中でも、従来の臨床サンプルを扱うゲノム研究において議論が分かれていたグルコキナーゼ調節タンパク質をコードするGCKR遺伝子の多型rs1260326に着目して研究を進めた。具体的には、ゲノム編集されたオルガノイドや臨床検体を用いて遺伝的多型のインパクトを、網羅的遺伝子発現解析、代謝フラックス解析、薬理学的解析などにより評価を行った。その結果、インスリンに対する感受性が低下した状態では、GCKR-rs1260326がミトコンドリア機能障害を助長し、酸化ストレスが増加するためにNASH状態が増悪するというメカニズムを明らかとした。実際、過去の大規模な臨床治験における患者データを見直した結果、糖尿病合併NASHにおいてはrs1260326がリスクとして働くことを見出した。さらに、興味深いことに、糖尿病が合併していないNASHにおいては、rs1260326が保護的に働く、すなわち、改善に働くことを発見した。このように、GCKR-rs1260326の効果(Genetic effect)は、患者の代謝異常(Metabolic effect)と協調的にNASHのリスクを規定しているという複雑な遺伝的特性を持つことが明らかとなった。

未解明な点が多いNASH、個体差を反映した疾患メカニズム解明やリスク同定など期待

今回、個々の人間の状態を模倣した集団オルガノイドパネルを構築し、その医学的意義を立証できたことによって、研究グループが実現を目指しているビジョンであるMy Medicineの実現に向けて、大きな一歩となることが期待されるという。具体的には、次のような応用が期待されると研究グループは述べている。

・個体差を反映した疾患メカニズムの解析:NAFLD/NASH/肝臓がんの発症・憎悪メカニズムには、未だ未解明な点が多いと考えられている。今回の研究にて樹立された集団を反映したオルガノイドパネルを用いたen masse評価ツールを駆使すれば、動物では解析が難しかった個人差を反映した疾患メカニズム追求に有用な研究ツールとなるものと期待される。
・未病段階での疾患ハイリスク群の同定:本研究により、GCKRなどの遺伝的多型マーカーを、代謝異常の有無によって層別化することの科学的意義が示された。これにより、rs1260326マーカーにもとづいてNASHのため予防介入対象群を早期発見することに貢献できると考えられる。自覚症状の少ないNAFLDが悪化する前段階から事前に予備軍を同定・予防医療の重点対象とすること(未病・予防)や、発症早期の段階から薬物治療等の介入対象とする(治療)などが期待される。
・NASH治療標的の探索:一般に新薬の開発には2500億円程度の開発コストを要するが、90%の薬剤はその有効性が限られていることや、ヒトに用いた際の重篤な副作用発生を理由に開発中止となる。大きな要因として、個人差による有効性のバラツキ、動物モデルとヒトとの間の感受性の相違が指摘されていた。本研究の個人差の解析を通じて見いだされたミトコンドリアの機能異常に着目することで、糖尿病合併NASHにおいてミトコンドリアを標的とした治療薬が有効であることが推測される。

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