日本人集団における14のがん種について、BRCA1/2遺伝子をゲノム解析

理化学研究所(理研)は4月15日、乳がんなど4がん種の発症リスクの上昇に関与する遺伝子(原因遺伝子)とされるBRCA1・BRCA2の両遺伝子(BRCA1/2遺伝子)が胃がん、、胆道がんの発症リスクも上昇させることを明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、碓井喜明特別研究員(岡山大学客員研究員、愛知県がんセンター任意研修生)、関根悠哉大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現秋田大学大学院生)、東京大学の村上善則教授、松田浩一教授、愛知県がんセンターの松尾恵太郎分野長、国立がん研究センター中央病院の吉田輝彦部門長、佐々木研究所附属杏雲堂病院の菅野康吉科長、昭和大学病院の中村清吾特任教授らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「JAMA Oncology」オンライン版に掲載されている。

画像: 画像はリリースより

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がんは、遺伝と環境の両要因により発症すると考えられているが、一部のがんはゲノム配列上のたった1か所の配列の違い(遺伝的バリアント)により発症リスクが大きく上昇することが知られている。その原因遺伝子としてBRCA1/2があり、これらの遺伝子に病気の原因となる遺伝的バリアント()が存在すると、乳がんは約10倍、卵巣がんは数十倍ほど発症しやすくなる。

BRCA1/2遺伝子に病的バリアントを持つ乳がん患者と卵巣がん患者には、PARP阻害剤という薬の治療効果が高く、この薬を用いた治療は2018年から日本でも保険適用となり、2020年にはその対象は前立腺がん、膵がんにも広がった。これまでに桃沢幸秀チームリーダーらは、日本人におけるBRCA1/2遺伝子を含む遺伝性腫瘍関連遺伝子の病的バリアントを同定し、その頻度(保持率)、疾患リスク、臨床情報や家族歴などとの関係を明らかにし、、前立腺がん、膵がん、腎がんのゲノム医療の進展に貢献してきた。

一方で、BRCA1/2遺伝子の病的バリアントは他のがん種のリスクも向上させることが示唆されていることから、他のがん種についても大規模なデータで解析する必要がある。そこで、国際共同研究グループはバイオバンク・ジャパンが保有している日本人集団における14のがん種について、BRCA1/2遺伝子のゲノム解析を行った。

10万人以上を解析、病的バリアント315個、「創始者バリアント」11個同定

今回、国際共同研究グループは、、乳がん、子宮頸がん、大腸がん、子宮体がん、食道がん、胃がん、肝がん、肺がん、リンパ腫、、膵がん、前立腺がん、腎がんの14のがん種における計10万3,261人(患者群6万5,108人、対照群3万8,153人)について、BRCA1/2遺伝子のゲノム解析を行った。

まず、理研が独自に開発したターゲットシークエンス法を用いて、BRCA1/2遺伝子のタンパク質への翻訳に影響が大きいとされる翻訳領域およびその周辺2塩基の合計1万6,111塩基の配列を、10万3,261人全員について調べた。その結果、10万914人(約97.7%)について十分なシークエンスデータが取得でき、1,810個の遺伝的バリアントを同定した。さらに、世界標準とされるENIGMAコンソーシアムの手法を用いて、これらの遺伝的バリアントから315個の病的バリアントを同定した。ほとんどの病的バリアントは、タンパク質合成がその変異箇所で停止することなどで機能が低下する機能欠失バリアントだった。また、315個中197個は6万3,828人の患者のうち、それぞれたった1人しか持たない病的バリアントだった。一方で、10人以上が共有する、同一祖先に由来すると推定される「創始者バリアント」を11個同定した。

同定されたBRCA1/2遺伝子上の病的バリアントが、日本の各地域にどのような頻度で存在しているかを7つの地域に分類して調べた結果、どちらの病的バリアントも地域間で保持率に差があった。しかしながら、この保持率の地域差の原因の一つには創始者バリアントの存在があると考えられ、実際、この創始者バリアントを除くと、どちらの遺伝子も地域差は見られなくなった。こうした創始者バリアントの存在は、患者群・対照群で比較する研究を実施する際に、さまざまな地域から両群の試料・情報を収集する必要性とその意義を示唆している。また、今後、診療の場面において、BRCA1/2遺伝子のバリアントの医学的意義を評価する際に考慮することが求められるようになる可能性がある。

BRCA1/2、東アジアに多い胃・食道・胆道がんなど幅広く発がんリスク上昇に関与

これらの病的バリアントの保持率をがん種ごとに見ると、特徴的なのは、男性の乳がんでは18.9%の人がBRCA2遺伝子の病的バリアントを持つことで、これは海外の報告ともよく一致している。BRCA1/2遺伝子の病的バリアント保持率が高いのは卵巣がんであり、BRCA1遺伝子では卵巣がんのほかに2がん種(胆道がん、女性乳がん、男性乳がん)、BRCA2遺伝子では男性乳がん、卵巣がんのほかに4がん種(胆道がん、女性乳がん、膵がん、前立腺がん)において1%以上の患者が保持していた。

さらに、病的バリアントの保持率を対照群と比較することで、どのがんになりやすいかの「疾患リスク」を計算で求めた結果、BRCA1遺伝子については、すでに疾患リスクとの関連が知られている女性乳がん(16.1倍)、卵巣がん(75.6倍)、膵がん(12.6倍)(前立腺がんはBRCA1遺伝子では関連が弱いことが知られている)に加えて、胃がん(5.2倍)、胆道がん(17.4倍)の関連が明らかになった。同研究で使用したP =0.0001という統計学的基準を満たさないものの、P<0.05の基準で関連が認められたのが肺がん(3.7倍)とリンパ腫(7.7倍)だった。

また、BRCA2遺伝子については、女性乳がん(10.9倍)、男性乳がん(67.9倍)、卵巣がん(11.3倍)、膵がん(10.7倍)、前立腺がん(4.0倍)に加えて、胃がん(4.7倍)、食道がん(5.6倍)の関連が認められた。P<0.05の基準まで見ると、子宮頸がん(3.2倍)、子宮体がん(4.0倍)、肝がん(2.4倍)、腎がん(4.5倍)との関連が認められた。これらの結果から、BRCA1/2遺伝子の病的バリアントは、これまで報告されていたがん種よりも幅広く発がんリスクを上昇させており、特に東アジアに多い胃がん、食道がん、胆道がんの3がん種の疾患リスクを高めることが明らかになった。

胃がんは85歳までに20%程度発症の可能性、早期発見スクリーニングの価値は高い

実際の診療では、何歳までにどのくらいの可能性でがんが発症するかが重要となる。これを、国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)を基に、これまで関連が報告されている女性乳がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がん、および、今回の研究で新たに関連が同定された胆道がん、食道がん、胃がんについて計算した。

結果、女性乳がんでは、病的バリアントを持っていないと85歳までに乳がんになる累積リスクは10%未満だが、BRCA1遺伝子に病的バリアントを持っていると72.5%、BRCA2遺伝子だと58.3%で、海外の報告とほぼ同様だった。一方で、85歳までに前立腺がんになる累積リスクはBRCA2遺伝子に病的バリアントを持っていると24.5%で、50%程度と報告されている海外の報告より低めだった。この理由の一つとして、日本においても前立腺がん患者が増えてきているものの、それでも欧米に比べてまだ少ないことを反映していると考えられた。

また、新たに同定した3がん種においては、東アジアで罹患率の高い胃がんの累積リスクが高く算出され、どちらの遺伝子も85歳までに20%程度発症すると計算された。これは、既知の乳がんなど4がん種で病的バリアントを持つことが判明した患者は、胃がんについても早期発見スクリーニングを行う価値が高いことを示すものだ。

最後に、病的バリアント保持者が示す特徴的な臨床情報やがんの家族歴との関係を解析し、診断年齢との関係を調べた。すると、BRCA1/2遺伝子の女性乳がんやBRCA2遺伝子の前立腺がんは、年齢が上がるとともに、病的バリアント保持率が下がっていき、一つの遺伝子が原因となる疾患では、一般的に年齢が若いときに発症しやすいことが示された。一方で、卵巣がんのBRCA2遺伝子では年齢とともにその病的バリアント保持率は上昇する傾向にあった。BRCA1遺伝子でも比較的似た傾向があり、今後、この関係を明らかにする必要性が示された。

PARP阻害剤の適応拡大など個別化医療の推進に期待

今回の研究成果により、BRCA1/2両遺伝子が関与するがん種がすでにPARP阻害剤の保険適用となっている4がん種よりも多く存在することが明らかになり、今後、新たに同定されたがん種についても個別化医療が進むものと期待できる。

また、発症との関連が強い遺伝的要因が明らかになったことで、今後、喫煙・飲酒などの生活習慣や、胃がんのヘリコバクター・ピロリ菌のような細菌感染やウイルス感染、あるいはゲノム全体の遺伝的バリアントの影響(ポリジェニックリスクスコア)など、他の要因と解析が可能になる。「これらの情報が統合されることで、より一人ひとりのゲノム情報や生活環境に合わせた個別化医療が可能になると考えられる」と、研究グループは述べている。(

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